異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第17章:解放戦線と偽りの英雄

第118話:仕組まれた奇跡

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 軍隊ではない。
たった、一騎だ。

 その馬は、純白の毛並みを持つ見事な軍馬。
そして、その鞍上にまたがる男の姿に、俺たちは息を呑んだ。

 全身を、白銀に輝く美しい装飾鎧そうしょくよろいで包み、その背中には太陽の紋章が刻まれた深紅のマントがはためいている。
顔立ちは、物語に出てくる王子様のように整い、その金色の髪は風に美しくなびいていた。

 あまりにも、完璧な英雄の姿。
その男からは、俺たちが戦ってきた『チェックメイト』の刺客たちが放っていたような、禍々まがまがしいオーラは一切感じられない。
ただ、どこまでも気高く、そして民を愛する者の持つ、温かい光だけが放たれていた。

「……なんだ、ありゃ……」
ルナが、低い声でうなる。

「……敵じゃ、ないのか……?」

「いや、違う」
俺は、かぶりを振った。

「あれこそが、リュウガが放った最悪の『兵器』だ」

 英雄は、街の門の前で馬を止めると、ゆっくりとその鞍から下りた。
そして、武器を構えることもなく、たった一人で、無防備に門の中へと歩いてくる。
その姿に、住民たちの緊張がほんの少しだけ解けたのが分かった。

 英雄は、広場の中心まで来ると、集まった人々に向かって穏やかな、だがよく通る声で語りかけた。

「――国境の街の民よ。
私は、あなた方を罰するために来たのではない」

 その第一声は、人々の心を掴むのに十分だった。

「私の名は、アレクシオス。
皇帝リュウガ様より、この地の平定を任された者だ。
あなた方が、偽りの解放者にそそのかされ、帝国に反旗を翻したと聞いた。
だが、私は信じない。
あなた方は、ただ平和を愛する善良な民のはずだ」

 その言葉は、まるで父親が迷子の子供に語りかけるように、どこまでも優しかった。

「帝国が敷いた秩序は、確かに厳しかったかもしれない。
だが、それも全てはあなた方を、この過酷な世界に生きる魔物の脅威や、他国からの侵略から守るため。
リュウガ様は、ただ不器用なだけなのだ。
民を愛するが故に、時に厳しすぎる父のように」

 人々の間に、どよめきが広がる。
彼の言葉は、巧みに真実をゆがめ、リュウガの独裁を「民を思うが故の不器用さ」へとすり替えていく。

「そして、あなた方を解放したという《アケボシ》……。
彼らは、何者だ?
どこの馬の骨とも知れない、流れ者たちではないか。
彼らは、あなた方に何を与えてくれる?
帝国の庇護を失ったこの街を、どうやって守るというのだ?」

 その問いは、住民たちが心の奥底で抱いていた最大の不安を、的確にえぐり出した。
俺たちへの感謝と、未来への不安。
その間で揺れ動く人々の心を、この偽りの英雄は完全に掌握しようとしていた。

「―――戻ってきなさい、我が同胞よ」

 アレクシオスは、両腕を広げた。
その姿は、まるで迷える子羊を導く救世主のようだ。

「リュウガ様は、寛大かんだいな方だ。
あなた方の過ちを、きっと許してくださるだろう。
この私が、命に代えてもあなた方の安全を保証する。
だから、どうかもう一度、帝国の光の下へ――」

 その、時だった。
広場に集まっていた人々の中から、一人の少女が母親の手を振りほどいて駆け出した。
その腕には、ぐったりとした赤ん坊が抱かれている。

「――英雄様っ!」
少女は、泣きながらアレクシオスの前にひざまずいた。

「お願いです!
この子を、弟を、助けてください!
ずっと熱が下がらなくて、もう何日も……!」

 それは、あまりにも完璧なタイミングだった。
俺は、これが仕組まれた演出であることにすぐに気づいた。

 だが、住民たちは違う。
彼らは、固唾かたずを飲んでその光景を見守っている。

 アレクシオスは、悲しそうな顔でひざまずくと、その赤ん坊の額にそっと手を置いた。

「……おお、神よ。
このか弱き命に、御慈悲ごじひを……」

 その言葉と同時に、彼の手のひらからまばゆい黄金色の光が放たれた。
それは、どんな病も癒し、どんな傷も塞ぐと言われる、伝説の治癒の光。

 光が収まった時、赤ん坊の苦しそうな呼吸は穏やかな寝息へと変わり、その顔には健康的な血の気が戻っていた。

「「「おおおおおおおおおおっっ!!」」」

 広場から、地鳴りのような歓声が上がった。

「奇跡だ……!」

「彼こそが、本物の英雄だ!」

「我らが救世主、アレクシオス様万歳!」

 人々の心は、完全に傾いた。
俺たち《アケボシ》は、得体の知れない反逆者。
そして、アレクシオスは奇跡を起こす本物の英雄。
その構図が、完璧に出来上がってしまった。

(……《天賦移植ギフトトランスプラント》……!)
俺の隣で、サラが悔しそうにつぶやいた。

 あの光は、リュウガが誰かから奪った治癒の天賦ギフトを、この男に移植したものだ。
その輝きは力強いが、エリアーナが放つ生命の光のような、魂の温もりがない。
ただ、与えられた役割をこなすだけの、冷たい光。

 だが、そんな真実を、今の熱狂した住民たちに説いたところで誰も信じないだろう。
俺たちは、完全に追い詰められていた。

 アレクシオスは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、今度は俺たち《アケボシ》が立つ物見台へと、その視線を向けた。

 その穏やかな笑みは、変わらない。
だが、その瞳の奥に宿るのは、蛇のように冷たい光だった。

「――そして、偽りの解放者、《アケボシ》よ」
その声は、街全体に響き渡った。

「あなた方の役目は、もう終わった。
この街の人々を惑わすのは、もうやめなさい。
帝国兵として、あなた方を拘束する。
……それとも、この善良な民を巻き込んで、この場で戦うという無粋な選択をしますかな?」

 その問いは、俺たちに究極の選択を突きつけていた。
戦えば、俺たちはこの街に戦火をもたらした侵略者となる。
だが、戦わなければ、俺たちはここで終わる。

 俺たちの、最初の解放区が、今、俺たちの手から滑り落ちようとしていた。
俺は、仲間たちの制止を振り切り、物見台の最前線へと一歩踏み出した。
そして、広場に立つ偽りの英雄を、まっすぐに見つめ返す。

(……まずは、お前の物語を丸裸にしてやる)

 俺たちの、心を解くための本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
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