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第17章:解放戦線と偽りの英雄
第120話:砕かれた英雄譚
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「…………」
俺の意識は、嵐の海から無理やり引き上げられたかのように急速に現実へと戻ってきた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
肩で、息をする。
全身が、びっしょりと冷や汗で濡れていた。
俺は、ただ彼の物語を「観測」しただけだ。
だが、その魂に刻まれた絶望と苦悩は、まるで俺自身が体験したかのように生々しく心に刻み付けられていた。
「……ぐっ……」
俺は、思わずその場に片膝をついた。
魂を削るほどの観測で、俺の精神も限界だった。
その俺の姿を見て、仲間たちが咄嗟に駆け寄ろうとする。
「ケント!」
「大丈夫か!」
「……来るな」
俺は、か細い声で彼らを制した。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
俺の瞳は、もはや目の前の男を「敵」として見てはいなかった。
そこにあるのは、憎しみではない。
同じように、リュウガによって物語を歪められた者への、深い、深い同情と共感。
そして、そんな非道な行いを平然とやってのける、かつての親友への絶対的な怒りだった。
「……どうした?」
俺の様子の急変に、アレクシオスが怪訝な声を上げた。
「……何を、した……?」
彼は、感じていたのだ。
俺の魂が、彼の最も触れられたくない魂の奥底にまで触れたことを。
俺が、彼の秘密を全て知ってしまったことを。
「……あんた、だったのか」
俺は、震える声で呟いた。
「……何のことですかな?」
「五年前、帝国の西の国境で起きた、大地の魔獣『ベヒモス』の討伐。
たった一人で、その魔獣の進撃を三日三晩食い止めた英雄がいたと聞く。
その英雄は、どんな攻撃も受け付けない無敵の守りを誇ったという。
……それは、あんただったんだな」
俺の言葉に、アレクシオスの肩がビクリと震えた。
それは、帝国でも伝説として語り継がれる、本物の英雄譚。
彼の、本当の物語。
「あんたの本当の天賦は、治癒の力なんかじゃない。
《命の重み》。
守りたいものが強ければ強いほど、その守りを鉄壁に変える、最高の守護者の力だ」
「……黙れ……」
アレクシオスの声が、震えている。
その完璧な英雄の仮面が、ガラガラと音を立てて崩れ始めていた。
「あんたは、あの時、西の民を守るために戦った。
その背後には、あんたが何よりも愛する妻と、生まれたばかりの娘がいたからだ。
違うか?」
「黙れと言っているッ!!」
アレクシオスが、生まれて初めて上げるような絶叫を上げた。
その瞳から、英雄の仮面が完全に剥がれ落ちる。
そこにいたのは、帝国最強の英雄ではない。
ただ、愛する家族を人質に取られ、どうしようもない絶望の中でもがき苦しむ、一人の哀れな男の姿だった。
その悲痛な叫びに、民衆がざわめいた。
彼らが信じていた、完璧な英雄の姿が目の前で崩れ去っていく。
「……リュウガは、あんたのその力を恐れた。
そして、あんたの全てを奪ったんだ」
俺は、最後の真実を突きつけた。
「あんたの妻と娘を、帝都の奥深くに幽閉し、あんたが彼の駒であり続ける限り、その命だけは保証すると。
……そして、あんたの誇りであった守護の力を奪い、代わりに誰かの物語であった借り物の治癒の力を与えた。
民衆の前で奇跡を演じ、偽りの英雄として生きるように、とな」
「…………」
アレクシオスは、もはや何も答えなかった。
ただ、その場に崩れ落ち、両手で顔を覆い、子供のように泣きじゃくっている。
なんという、悲劇。
なんという、悪魔の所業。
リュウガは、この国で最も気高い魂を持つ本物の英雄を、自らの手で最も惨めな偽物へと貶めたのだ。
俺の敵は、目の前のこの男じゃない。
俺たちが本当に戦うべき相手は、この悲劇の脚本を書いた、ただ一人の悪魔だ。
俺の当初の作戦は、この偽りの英雄の仮面を剥がし、民衆の前でその正体を暴くことだった。
だが、もうそんなことはどうでもよくなった。
俺は、この男を断罪するつもりはない。
俺がやるべきことは、ただ一つ。
この男を、この哀れな英雄を、救うことだ。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、泣きじゃくるアレクシオスに向かって、静かに語りかける。
「アレクシオス・グレイフィールド」
俺は、初めて彼の本当の名を呼んだ。
「あんたの物語は、まだ終わっちゃいない。
あんたが守りたかったものは、まだ何も失われてはいないんだ」
その言葉が、新たな戦いの始まりを告げる合図だった。
俺は、この偽りの英雄を救い出すための、あまりにも無謀で、俺たち《アケボシ》にしかできない作戦を、静かに練り始めていた。
俺の意識は、嵐の海から無理やり引き上げられたかのように急速に現実へと戻ってきた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
肩で、息をする。
全身が、びっしょりと冷や汗で濡れていた。
俺は、ただ彼の物語を「観測」しただけだ。
だが、その魂に刻まれた絶望と苦悩は、まるで俺自身が体験したかのように生々しく心に刻み付けられていた。
「……ぐっ……」
俺は、思わずその場に片膝をついた。
魂を削るほどの観測で、俺の精神も限界だった。
その俺の姿を見て、仲間たちが咄嗟に駆け寄ろうとする。
「ケント!」
「大丈夫か!」
「……来るな」
俺は、か細い声で彼らを制した。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
俺の瞳は、もはや目の前の男を「敵」として見てはいなかった。
そこにあるのは、憎しみではない。
同じように、リュウガによって物語を歪められた者への、深い、深い同情と共感。
そして、そんな非道な行いを平然とやってのける、かつての親友への絶対的な怒りだった。
「……どうした?」
俺の様子の急変に、アレクシオスが怪訝な声を上げた。
「……何を、した……?」
彼は、感じていたのだ。
俺の魂が、彼の最も触れられたくない魂の奥底にまで触れたことを。
俺が、彼の秘密を全て知ってしまったことを。
「……あんた、だったのか」
俺は、震える声で呟いた。
「……何のことですかな?」
「五年前、帝国の西の国境で起きた、大地の魔獣『ベヒモス』の討伐。
たった一人で、その魔獣の進撃を三日三晩食い止めた英雄がいたと聞く。
その英雄は、どんな攻撃も受け付けない無敵の守りを誇ったという。
……それは、あんただったんだな」
俺の言葉に、アレクシオスの肩がビクリと震えた。
それは、帝国でも伝説として語り継がれる、本物の英雄譚。
彼の、本当の物語。
「あんたの本当の天賦は、治癒の力なんかじゃない。
《命の重み》。
守りたいものが強ければ強いほど、その守りを鉄壁に変える、最高の守護者の力だ」
「……黙れ……」
アレクシオスの声が、震えている。
その完璧な英雄の仮面が、ガラガラと音を立てて崩れ始めていた。
「あんたは、あの時、西の民を守るために戦った。
その背後には、あんたが何よりも愛する妻と、生まれたばかりの娘がいたからだ。
違うか?」
「黙れと言っているッ!!」
アレクシオスが、生まれて初めて上げるような絶叫を上げた。
その瞳から、英雄の仮面が完全に剥がれ落ちる。
そこにいたのは、帝国最強の英雄ではない。
ただ、愛する家族を人質に取られ、どうしようもない絶望の中でもがき苦しむ、一人の哀れな男の姿だった。
その悲痛な叫びに、民衆がざわめいた。
彼らが信じていた、完璧な英雄の姿が目の前で崩れ去っていく。
「……リュウガは、あんたのその力を恐れた。
そして、あんたの全てを奪ったんだ」
俺は、最後の真実を突きつけた。
「あんたの妻と娘を、帝都の奥深くに幽閉し、あんたが彼の駒であり続ける限り、その命だけは保証すると。
……そして、あんたの誇りであった守護の力を奪い、代わりに誰かの物語であった借り物の治癒の力を与えた。
民衆の前で奇跡を演じ、偽りの英雄として生きるように、とな」
「…………」
アレクシオスは、もはや何も答えなかった。
ただ、その場に崩れ落ち、両手で顔を覆い、子供のように泣きじゃくっている。
なんという、悲劇。
なんという、悪魔の所業。
リュウガは、この国で最も気高い魂を持つ本物の英雄を、自らの手で最も惨めな偽物へと貶めたのだ。
俺の敵は、目の前のこの男じゃない。
俺たちが本当に戦うべき相手は、この悲劇の脚本を書いた、ただ一人の悪魔だ。
俺の当初の作戦は、この偽りの英雄の仮面を剥がし、民衆の前でその正体を暴くことだった。
だが、もうそんなことはどうでもよくなった。
俺は、この男を断罪するつもりはない。
俺がやるべきことは、ただ一つ。
この男を、この哀れな英雄を、救うことだ。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、泣きじゃくるアレクシオスに向かって、静かに語りかける。
「アレクシオス・グレイフィールド」
俺は、初めて彼の本当の名を呼んだ。
「あんたの物語は、まだ終わっちゃいない。
あんたが守りたかったものは、まだ何も失われてはいないんだ」
その言葉が、新たな戦いの始まりを告げる合図だった。
俺は、この偽りの英雄を救い出すための、あまりにも無謀で、俺たち《アケボシ》にしかできない作戦を、静かに練り始めていた。
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