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第18章:味方から敵へ
第125話:悪魔の取引
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俺たちの仲間が、俺たちの「影」が、今、敵の手に落ちた。
それは、これから始まる、あまりにも残酷な物語の、ほんの序章に過ぎなかった。
◇ ◇ ◇
肌を刺すような冷気と、血の匂い。
ジンの意識は、深い闇の底からゆっくりと浮上した。
最後に見た光景は、血の涙を流しながらも走り去っていくノクスの背中と、ガイストの歪んだ笑顔。
そして、仲間であるケントに会いたかったという、届くことのなかった最後の願い。
(……ノクスは、逃げ切れただろうか……)
それが、最初に頭に浮かんだことだった。
自らのことよりも、仲間の安否を気遣う。
それが、今のジンという男の物語だった。
「……ぐっ……!」
体を動かそうとして、全身を駆け巡る激痛に顔をしかめる。
背中に受けた傷が、焼けるように熱い。
手足には、天賦の力を封じる特殊な合金で作られた枷が、重く食い込んでいた。
ここは、石でできた独房のようだった。
湿った壁、冷たい床。
わずかな光が、天井近くにある鉄格子から差し込んでいるだけ。
帝国軍の、地下牢か。
ジンは、冷静に自らの状況を分析しようと試みた。
だが、思考に靄がかかったように、頭がうまく働かない。
肩に受けた、あの矢のせいだ。
天賦封じの毒が、まだ体の中を巡っている。
(……まずいな)
ジンは、奥歯を強く噛み締めた。
このままでは、拷問にかけられアケボシの情報を全て吐かされてしまうだろう。
その前に、自らの舌を噛み切るしかない。
それが、暗殺者としての最後の誇り。
彼が、その覚悟を決めた、その時だった。
カツン、カツン、と。
廊下の向こうから、一つの足音が近づいてくる。
規則正しく、一切の迷いもない足音。
それは、ただの看守のものではない。
この世の全てを支配する、絶対的な王者の歩み。
やがて、鉄格子の前に一つの人影が立った。
逆光で、その顔はよく見えない。
だが、ジンには分かった。
その魂から放たれる、神々しくも冷徹なオーラを、彼が忘れるはずがなかった。
「―――リュウガ」
ジンは、憎々しげにその名を吐き捨てた。
「久しぶりだな、ジン」
リュウガは、静かに言った。
その声は、昔と少しも変わらない。
穏やかで、どこか懐かしい響きさえあった。
「お前が部隊を抜けてから、もう半年か。
ずいぶんと、いい顔つきになったじゃないか」
「……何の用だ」
「用、か。そうだな……」
リュウガは、芝居がかった仕草で少しだけ考える素振りを見せた。
「旧友と、少し話がしたくなった。
ただ、それだけだよ」
リュウガは、看守に命じて牢の扉を開けさせた。
そして、一人で、無防備に中へと入ってくる。
その姿に、油断も隙もない。
彼は、絶対的な自信に満ちていた。
リュウガは、ジンの前に立つと静かにその傷だらけの体を見下ろした。
その瞳に宿るのは、侮蔑でも怒りでもない。
ただ、壊れた玩具を眺めるかのような、純粋な好奇心だけだった。
「見事な忠誠心だ、ジン。
あの状況で、仲間を逃がすために自らを犠牲にするとはな。
正直、少し感動したよ」
その言葉は、ジンの心を逆なでするのに十分だった。
「貴様に、俺たちの何が分かる」
「分かるさ。
お前は、ケントという男に新しい『物語』を与えられた。
そうだろ?
自らの汚れた力を、本当に守るべき誰かのために使いたい。
……実に、美しい物語じゃないか」
リュウガの言葉は、まるでジンの魂を直接覗き込んでいるかのようだった。
「だがな、ジン」
リュウガの声のトーンが、すっと変わる。
氷のように、冷たく。
「お前のその美しい物語は、ただの幻想だ。
お前が本当に守らなければならなかったものは、そんなぽっと出の反逆者どもではなかったはずだ」
「……何が、言いたい」
「お前の、妹のことだよ」
その一言が、ジンの心の最も柔らかい場所をえぐり取った。
彼の魂の物語――【起源】:病弱な妹を守るため、暗殺者としての道を選んだ過去。
「……貴様……!」
ジンは、枷を引きちぎらんばかりに身を乗り出した。
「妹に、何をした!」
「何もしていないさ。まだ、な」
リュウガは、穏やかに笑った。
「彼女は今も、帝都の療養院で静かに暮らしているよ。
帝国が誇る最高の医療を受けながらな。
……全ては、兄であるお前が帝国のために尽くしてくれた、その功績のおかげだ」
それは、紛れもない脅迫だった。
「だが、その兄が帝国に反旗を翻したとなれば……話は別だ。
反逆者の家族に、帝国がいつまでも慈悲を与え続けると思うか?」
「……汚いぞ、リュウガ……!」
「汚い?
人聞きの悪いことを言うな。
これは、ただの取引だ。
俺は、お前が差し出した忠誠という名の対価に対して、妹の命という名の見返りを与えていただけのこと。
……その契約を一方的に破棄したのは、お前の方だぞ、ジン」
その冷徹なまでの正論に、ジンは何も言い返せなかった。
そうだ。
自分は、妹の命を天秤にかけて、ケントたちと共に戦う道を選んだのだ。
その覚悟は、できていたはずだった。
だが、こうして改めてその事実を突きつけられると、魂が軋むような痛みが走る。
「ケントという男は、お前の妹を守れるのか?
帝国に追われる、ただの反逆者が。
俺は、守れる。
この世界の理そのものである、俺だけがな」
リュウガは、悪魔のように甘くささやいた。
「さあ、選べ、ジン。
儚く美しいだけの偽りの物語か。
それとも、お前が本当に守りたかった、たった一つの現実か」
「…………」
ジンは、唇を強く噛み締めた。
その脳裏を、ケントの顔が、ルナの顔が、仲間たちの顔がよぎる。
彼らが与えてくれた、温かい絆。
だが、それと同時に病弱な妹の、か細い笑顔も浮かんでくる。
「……断る」
長い沈黙の末、ジンは絞り出すように言った。
「俺は、もうお前の駒にはならない。
俺は、アケボシの影だ。
ケントと共に、お前の創り上げたその歪な仕組みを破壊する」
それは、これから始まる、あまりにも残酷な物語の、ほんの序章に過ぎなかった。
◇ ◇ ◇
肌を刺すような冷気と、血の匂い。
ジンの意識は、深い闇の底からゆっくりと浮上した。
最後に見た光景は、血の涙を流しながらも走り去っていくノクスの背中と、ガイストの歪んだ笑顔。
そして、仲間であるケントに会いたかったという、届くことのなかった最後の願い。
(……ノクスは、逃げ切れただろうか……)
それが、最初に頭に浮かんだことだった。
自らのことよりも、仲間の安否を気遣う。
それが、今のジンという男の物語だった。
「……ぐっ……!」
体を動かそうとして、全身を駆け巡る激痛に顔をしかめる。
背中に受けた傷が、焼けるように熱い。
手足には、天賦の力を封じる特殊な合金で作られた枷が、重く食い込んでいた。
ここは、石でできた独房のようだった。
湿った壁、冷たい床。
わずかな光が、天井近くにある鉄格子から差し込んでいるだけ。
帝国軍の、地下牢か。
ジンは、冷静に自らの状況を分析しようと試みた。
だが、思考に靄がかかったように、頭がうまく働かない。
肩に受けた、あの矢のせいだ。
天賦封じの毒が、まだ体の中を巡っている。
(……まずいな)
ジンは、奥歯を強く噛み締めた。
このままでは、拷問にかけられアケボシの情報を全て吐かされてしまうだろう。
その前に、自らの舌を噛み切るしかない。
それが、暗殺者としての最後の誇り。
彼が、その覚悟を決めた、その時だった。
カツン、カツン、と。
廊下の向こうから、一つの足音が近づいてくる。
規則正しく、一切の迷いもない足音。
それは、ただの看守のものではない。
この世の全てを支配する、絶対的な王者の歩み。
やがて、鉄格子の前に一つの人影が立った。
逆光で、その顔はよく見えない。
だが、ジンには分かった。
その魂から放たれる、神々しくも冷徹なオーラを、彼が忘れるはずがなかった。
「―――リュウガ」
ジンは、憎々しげにその名を吐き捨てた。
「久しぶりだな、ジン」
リュウガは、静かに言った。
その声は、昔と少しも変わらない。
穏やかで、どこか懐かしい響きさえあった。
「お前が部隊を抜けてから、もう半年か。
ずいぶんと、いい顔つきになったじゃないか」
「……何の用だ」
「用、か。そうだな……」
リュウガは、芝居がかった仕草で少しだけ考える素振りを見せた。
「旧友と、少し話がしたくなった。
ただ、それだけだよ」
リュウガは、看守に命じて牢の扉を開けさせた。
そして、一人で、無防備に中へと入ってくる。
その姿に、油断も隙もない。
彼は、絶対的な自信に満ちていた。
リュウガは、ジンの前に立つと静かにその傷だらけの体を見下ろした。
その瞳に宿るのは、侮蔑でも怒りでもない。
ただ、壊れた玩具を眺めるかのような、純粋な好奇心だけだった。
「見事な忠誠心だ、ジン。
あの状況で、仲間を逃がすために自らを犠牲にするとはな。
正直、少し感動したよ」
その言葉は、ジンの心を逆なでするのに十分だった。
「貴様に、俺たちの何が分かる」
「分かるさ。
お前は、ケントという男に新しい『物語』を与えられた。
そうだろ?
自らの汚れた力を、本当に守るべき誰かのために使いたい。
……実に、美しい物語じゃないか」
リュウガの言葉は、まるでジンの魂を直接覗き込んでいるかのようだった。
「だがな、ジン」
リュウガの声のトーンが、すっと変わる。
氷のように、冷たく。
「お前のその美しい物語は、ただの幻想だ。
お前が本当に守らなければならなかったものは、そんなぽっと出の反逆者どもではなかったはずだ」
「……何が、言いたい」
「お前の、妹のことだよ」
その一言が、ジンの心の最も柔らかい場所をえぐり取った。
彼の魂の物語――【起源】:病弱な妹を守るため、暗殺者としての道を選んだ過去。
「……貴様……!」
ジンは、枷を引きちぎらんばかりに身を乗り出した。
「妹に、何をした!」
「何もしていないさ。まだ、な」
リュウガは、穏やかに笑った。
「彼女は今も、帝都の療養院で静かに暮らしているよ。
帝国が誇る最高の医療を受けながらな。
……全ては、兄であるお前が帝国のために尽くしてくれた、その功績のおかげだ」
それは、紛れもない脅迫だった。
「だが、その兄が帝国に反旗を翻したとなれば……話は別だ。
反逆者の家族に、帝国がいつまでも慈悲を与え続けると思うか?」
「……汚いぞ、リュウガ……!」
「汚い?
人聞きの悪いことを言うな。
これは、ただの取引だ。
俺は、お前が差し出した忠誠という名の対価に対して、妹の命という名の見返りを与えていただけのこと。
……その契約を一方的に破棄したのは、お前の方だぞ、ジン」
その冷徹なまでの正論に、ジンは何も言い返せなかった。
そうだ。
自分は、妹の命を天秤にかけて、ケントたちと共に戦う道を選んだのだ。
その覚悟は、できていたはずだった。
だが、こうして改めてその事実を突きつけられると、魂が軋むような痛みが走る。
「ケントという男は、お前の妹を守れるのか?
帝国に追われる、ただの反逆者が。
俺は、守れる。
この世界の理そのものである、俺だけがな」
リュウガは、悪魔のように甘くささやいた。
「さあ、選べ、ジン。
儚く美しいだけの偽りの物語か。
それとも、お前が本当に守りたかった、たった一つの現実か」
「…………」
ジンは、唇を強く噛み締めた。
その脳裏を、ケントの顔が、ルナの顔が、仲間たちの顔がよぎる。
彼らが与えてくれた、温かい絆。
だが、それと同時に病弱な妹の、か細い笑顔も浮かんでくる。
「……断る」
長い沈黙の末、ジンは絞り出すように言った。
「俺は、もうお前の駒にはならない。
俺は、アケボシの影だ。
ケントと共に、お前の創り上げたその歪な仕組みを破壊する」
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