異世界転生と『天賦(ギフト)』で最強になったが親友に裏切られ追放されたので、銀狼少女と『双星』として成り上がる!

月影 朔

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第19章:模倣者の覚醒

第143話:涙

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「……ケン……ト……?」

 それは、俺たちがずっと聞きたかった、本当のジンの声だった。
俺たちの仲間が、長い、長い悪夢からようやく目覚めた瞬間だった。

◇ ◇ ◇

 静寂が、古文書館のホールを支配した。
先ほどまでの死闘の熱気は嘘のように冷め、後に残されたのは破壊された書架の残骸と、仲間たちの荒い呼吸だけ。

 そして、その中心に。
魂を取り戻したジンが、呆然と立ち尽くしていた。

 彼の瞳から、狂信的な光も、機械のような光も、完全に消え失せている。
代わりに宿っていたのは、深い、深い混乱。
そして、悪夢から覚めたばかりの子供のような、どうしようもないほどの戸惑いの色だった。

 彼は、ゆっくりと自分の両手を見下ろした。
その手には、まだ仲間を傷つけた時の、生々しい感触が残っているのだろう。
その手で、ルナの腕を貫き、アレクシオスの鎧を突き、エリアーナの心臓を狙ったというおぞましい記憶が、奔流となって彼の脳裏を駆け巡っているに違いなかった。

 彼は、傷つき倒れているルナを見た。
アレクシオスを見た。
そして、最後に俺の顔を、まっすぐに見つめた。

 その唇が、震えている。
何かを言おうとして、だが言葉にならない。

 やがて。
彼の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 カラン、と。
彼の手から、二本の黒い短剣が力なく滑り落ちる。
そして、彼は崩れ落ちるようにその場に膝をついた。

「……お……れは……」
絞り出すような、か細い声。

「俺は……なんて、ことを……」

 彼は、自らが犯した罪の重さに耐えきれず、両手で顔を覆った。
その肩が、小刻みに震えている。

「……仲間を……斬った……。
この、手で……」

 嗚咽が、彼の口から漏れ出した。
それは、自分自身へのどうしようもないほどの嫌悪と、後悔の涙だった。

「……殺してくれ……」
彼は、顔を覆ったまま言った。

「俺は、もう……お前たちの仲間でいる資格はない……。
だから、頼む……。
この手で、これ以上罪を重ねる前に……」

 その悲痛な叫びが、俺たちの胸を締め付ける。
誰も、何も言えなかった。
ただ、一人の男の魂の慟哭を、静かに見守ることしかできなかった。

 その、重い沈黙を破ったのは。

「――馬鹿野郎」

 ルナだった。
彼女は、リラに応急処置をしてもらった腕の傷を押さえながら、おぼつかない足取りでジンの前に立った。
ジンは、彼女の気配にビクリと肩を震わせ、顔を覆ったまま身を固くする。
罰を、覚悟したのだろう。

 だが、彼女が取った行動は、彼の予想を裏切るものだった。

 ガシッ、と。
ルナは、傷のない方の腕で、ジンの黒髪を乱暴に、だがどこか優しくかき混ぜた。

「……てめえのせいじゃ、ねえだろ」
その声は、ぶっきらぼうだったが、確かな温もりがあった。

「あれは、お前じゃねえ。
お前の体を乗っ取った、リュウガの野郎だ。
アタシたちが戦うべき相手は、てめえじゃなくて、あいつだろ」

「……だが、俺は……!」

「うるせえ!」
ルナは、一喝した。

「アタシの仲間を、勝手に罪人にしてんじゃねえよ。
……それに」
彼女は、少しだけ照れくさそうに顔をそむけた。

「……おかえり、ジン。
心配、したんだからな」

 その、あまりにも不器用で、あまりにも真っ直ぐな言葉。
それは、ジンの魂を縛り付けていた罪悪感の鎖を、いとも簡単に断ち切ってみせた。

「……ルナ……」

「ジン殿」
今度は、エリアーナとリラが彼のそばに静かに膝をついた。

「傷の手当てを、させてください」
エリアーナが、その手に持つリュートを構える。

「あなたの体にも、リュウガの呪いが深い傷を残しているはずですわ」

 彼女が奏で始めたのは、穏やかで優しい癒しの旋律。
生命の揺り籠クレイドル・オブ・ライフ》の光が、ジンの傷ついた体を温かく包み込んでいく。

 リラもまた、彼の手にそっと触れた。

「……よかった。
本当に、よかった……。
もう、会えないかと思った……」

 彼女の瞳からこぼれ落ちた涙が、ジンの冷たい手に温かい光を灯していく。

「……儂からも、言わせてくれ」
エルゴが、静かに言った。

「嵐は、過ぎ去った。
お主が戻ってきた今、我ら《アケボシ》の空は、ようやく本当の夜明けを迎えることができる」

 アレクシオスもまた、力強く頷いた。

「私も、お前と同じだ。
リュウガの駒として、多くの罪を犯した。
その罪は、決して消えることはないだろう。
だが、その罪を背負ってなお、我々にはやらねばならぬことがあるはずだ」

 一人、また一人と。
仲間たちが、彼に温かい言葉をかけていく。

 そこには、非難も、憐れみもなかった。
ただ、大切な仲間が無事に戻ってきたことへの、純粋な喜びだけがあった。
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