『君は、未来で僕を見つける。』

第一章：止まった時間と不思議なレシート

第十四話：彼の不器用な優しさ

『はじめての陶芸』。

　遥は、圭の書棚から見つけたその本を、まるで宝物のように抱きしめた。

　付箋の貼られたページに描かれた、野花のデザインの器。
遥が以前、何気なく「好きだ」と呟いたことを、圭は覚えていてくれたのだ。

　そして、それを、自分の手で作ろうとしていた。
その事実が、遥の胸を締め付けた。

　圭は、そういう人だった。
言葉にはあまり出さないけれど、遥の些細な言葉や仕草を、いつも注意深く見ていてくれた。

　遥が疲れている時には、黙って温かいココアを淹れてくれたし、仕事で悩んでいる時には、そっと隣に座って、ただ話を聞いてくれた。

　派手なサプライズよりも、遥の日常に寄り添い、さりげない優しさで心を温めてくれる。
それが、圭の愛の形だった。

　あの器も、きっとそう。
遥が「可愛い」と言ったその一言を、彼は大切に心に留めて、遙のために、その器を作ろうと決めたのだろう。

　圭が、無器用な手つきで土をこねている姿を想像する。

　いつもはパソコンのキーボードを軽やかに叩く彼の指が、土まみれになっている。
きっと、初めてのことで、うまくいかなくて、何度も失敗を繰り返したに違いない。
それでも、遥が喜んでくれる顔を想像しながら、黙々と土と向き合っていたのだろうか。

　そう考えると、遥の目頭が熱くなった。
圭は、何事にも真面目で、一度やると決めたことは最後までやり遂げる人だった。
陶芸もきっと、遥のためにとことん突き詰めていたのだろう。

　彼の不器用な優しさが、胸にじんわりと染み渡る。
それは、悲しみとは違う、温かい切なさだった。

　もう、彼が作った器を手に取ることはできない。
彼が、どんな顔をして
「遥、見てみて」
と差し出してくれただろうか。
そんな、もしもの未来を想像せずにはいられなかった。

　遥は、本のページをそっと撫でた。

　陶芸に関する専門的な知識が、細かく書かれている。
土の種類、成形の仕方、釉薬の選び方。
圭が、これらを一生懸命に学んだかと思うと、その健気さに、また涙が滲んだ。

　彼のデスクの引き出しに、ひだまり陶芸用品店のレシートが残されていたのは、きっと、彼がその「計画」の途中で、遥に何かを託そうとしていたからに違いない。

　本来なら、圭自身が作って遥にプレゼントするはずだった器。
それが、何らかの理由で叶わなくなり、遥にその想いを引き継いでほしいと願ったのだろうか。

　遥は、深く息を吐き出した。

　このレシートは、ただの「買い物記録」ではない。
圭の遥への深い愛情と、彼女の未来を想う気持ちが込められた、「未来への贈り物」なのだ。

　圭の温かい笑顔が、遥の脳裏に鮮明に蘇る。
「遥が好きなものは、僕も好きだよ」。
そう言って、遥の頭を優しく撫でてくれた彼の大きな手。
その温もりを、今も手のひらに感じているようだった。

　遥は、本の付箋が貼られたページを閉じ、そっと書棚に戻した。
そして、手に持っていたレシートを、もう一度見つめる。

「ひだまり陶芸用品店／信楽土 2kg」。

　このレシートが示す次の場所へ向かうことは、圭の想いを、彼の残した愛を、遥が受け取ることに他ならない。

　それは、圭との、新しい形の繋がりになるだろう。
遥は、静かに決意を固めた。
圭の意図を探る旅は、まだ始まったばかりだ。

　そして、この旅の先に、圭が遥のために用意してくれた、何かが待っているに違いない。