『君は、未来で僕を見つける。』

月影 朔

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第二章:未来からのささやかな贈り物

第十八話:いびつな器

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「ひだまり陶芸用品店」から戻った遥は、買ってきた信楽土を広げた。
ひんやりとした土の塊が、テーブルの上で鈍く光っている。

 あの店主が教えてくれた通り、土を柔らかくするために、何度も何度も手のひらで揉み込んでみた。

 指の腹で土の塊を押しつぶし、手のひらで転がす。
最初は硬く、冷たい感触だった土が、遥の体温を吸い込み、少しずつしっとりと、なめらかになっていく。

 土の表面に現れる細かな筋や、わずかな気泡を見つめる。
これは、圭が触れた土なのだ。
彼も、この土を、遥のためにこねたのかもしれない。

 その想像が、遥の指先に、温かい力を与えてくれるようだった。
圭がどんな表情で、この土と向き合ったのか。

 遥が喜ぶ顔を思い浮かべながら、時には不器用に、時には真剣な眼差しで、土をこねていたのだろうか。

 遥は、圭の本棚から持ち帰った『はじめての陶芸』を開いた。

 圭が挟んだ付箋のページには、可憐な野花の模様が描かれた器の写真が載っている。
圭は、このデザインの器を遥のために作ろうとしていたのだ。

 見よう見まねで、遥は小さな器を作り始めた。

 まず、土を円盤状に広げ、そこから指で少しずつ立ち上げていく。
土は、遥の思い通りには動いてくれない。
指先が少しでもずれると、すぐに形が崩れてしまう。

「ああ、まただ」

 何度かやり直し、土を潰してしまう。
そのたびに、少しだけ苛立ちが募る。

 圭は、こんな風に不器用な自分を見て、笑ってくれただろうか。
それとも、優しい眼差しで、そっと手を添えてくれただろうか。

 遥は、ふと、圭が料理をしていた時のことを思い出した。
圭は料理が得意だったが、たまに不器用な一面も見せていた。

 初めてパンを焼いた時、形がいびつになってしまい、
「これ、どう見ても犬のフンだよなぁ」
と笑っていた彼の顔が脳裏に浮かぶ。

 それでも、遥はそれが圭の作ったものだからと、おいしいと言って食べた。
そんな圭の温かさを思い出すと、遥の心に、そっと優しい風が吹いた。

 もう一度、土をこね直す。
今度は、焦らず、土の感触に集中する。
ゆっくりと、丁寧に、指先で土の形を整えていく。

 ようやく、小さな器の形ができあがった。
いびつで、左右対称でもなく、ところどころ指の跡が残っている。

 圭が作ろうとしていたような、完璧な野花の器には程遠い。
それでも、遥は、そのいびつな器を、まるで宝物のように感じた。

 遥は、完成したいびつな器を手のひらに乗せてみた。
ひんやりとした土の感触が、再び遥の掌に伝わる。

 この器は、遥と圭が、共に土を触った記憶の証だ。

 圭がもし生きていたら、どんな顔をして見てくれただろう。
きっと、不器用な遥の作品を見て、少しだけ眉を下げて、優しい笑顔で褒めてくれたに違いない。

「遥が作ったなら、どんな形でも、きっと素敵だよ」

 そんな圭の声が、今にも聞こえてきそうだ。

 遥は、いびつな器をそっとデスクに置いた。
この器は、まだ乾いていない。
そして、焼かれてもいない。
しかし、遥の心の中に、確かな希望の光を灯してくれた。

 これは、きっと圭が遥に残してくれた、未来への贈り物なのだ。

 遥はまだ、その贈り物の全貌に気づいてはいない。
しかし、このいびつな器が、遥の心を、少しずつ、しかし確実に、新しい世界へと誘っていくことを、遥は感じ始めていた。
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