『君は、未来で僕を見つける。』

月影 朔

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第三章:レシートの終わりと最後の鍵

第三十一話:旅の計画と未来の予感

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 電子ピアノの蓋を閉じた後も、ショパンの調べは遥の心に残り続けていた。

 圭が、遥の知らないところで、どれほど深く彼女の未来を想い、準備をしてくれていたのか。

 その事実が、遥の心を温かく包み込む一方で、レシートの束が薄くなるたびに、胸の奥には切なさも募っていた。
まるで、圭との限られた時間が、目に見える形で減っていくかのようだ。

 美咲との会話で知った、圭の遥を想う深い愛情。
それは、遥を孤独から救い出し、新しい世界へと導く光だった。

 陶芸教室での新しい仲間、美咲との再会、そして再び触れたピアノの鍵盤。
一つ一つの出来事が、遥の止まっていた時間を動かし、彩りを与えてくれた。

 不安を抱えながらも、遥はゆっくりと圭の机へと向かった。
残されたレシートの束を手に取る。
その重みは、最初に手にした時よりもずっと軽く感じられた。

 一枚、また一枚と、指先でその厚みを確かめる。あと、本当に、わずかしかない。

 そんなある日、遥は次に手に取ったレシートに目を凝らした。

 そこには、「京都書房/京都散策ガイドブック」と印字されていた。
遥の心臓が、トクンと小さく跳ねる。

 京都。

 遥は、以前圭と話したことを思い出した。
いつか、ゆっくりと古都の風情を味わう旅をしてみたい、と圭に夢を語ったことがあったのだ。

 その時、圭は
「いいね、それ!
 遥と一緒に行くなら、どこでも楽しいだろうな」
と、屈託のない笑顔で応じてくれた。

 まさか、彼がその言葉を覚えていてくれたなんて。
そして、こうして形にして残してくれていたなんて。

 遥は、温かいものが込み上げてくるのを感じた。
レシートが導いてくれたのは、ただの買い物ではない。

 圭が遥との未来を、真剣に、そして楽しみに計画してくれていた証だった。

「京都散策ガイドブック……」

 遥は、手に取ったレシートをそっと胸に当てた。
圭の温かい掌の感触が、そこにあるような気がした。

 圭の机の引き出しの奥、圭がかつて使っていた本棚に目を向けると、古い旅行雑誌が何冊か並んでいるのが目に入った。

 その中から、レシートと同じ「京都散策ガイドブック」を探し当てる。

 表紙を撫で、ゆっくりとページをめくる。

 すると、圭が付けたであろう、小さな水色の付箋が何ヶ所か貼られているのに気づいた。

 付箋が貼られたページには、趣のある茶屋や、ひっそりと佇む苔寺、そして、遥が特に好きだと言っていた嵐山の竹林の写真があった。
その竹林を巡る人力車の紹介ページには、圭の優しい字で
「遥、ここ、きっと気に入るよ」
と書かれた付箋が貼ってあった。

 圭は、遥が喜ぶだろう場所を、一つ一つ丁寧に調べてくれていたのだ。

 遥との未来の旅を、こんなにも大切に、そして楽しみに計画してくれていた。
その想いが、遥の胸にじんわりと染み渡る。

 レシートの旅が終わりに近づく中、圭は遥に、次の「旅立ち」を促しているように感じられた。
それは、悲しみに囚われる過去の旅ではなく、未来へと続く、新しい希望に満ちた旅。

 圭は、遥に一人で立ち、未来へと歩き出す力を与えようとしているのだ。

 遥は、ガイドブックをぎゅっと抱きしめた。

 ページに挟まれた付箋から、圭の温もりと、遥への深い愛情が伝わってくるようだった。
レシートが残りわずかである寂しさよりも、圭が遥の未来に託した希望の大きさに、遥の心は満たされていく。

「ありがとう、圭……」

 遥は、静かに呟いた。

 古都への想いが、遥の胸に強く宿る。
圭が遥に遺した、新たな旅立ちのきっかけ。

 遥は、その一歩を、確かに踏み出す決意を固めていた。
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