『君は、未来で僕を見つける。』

月影 朔

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第三章:レシートの終わりと最後の鍵

第三十六話:圭の痕跡

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 「これは、以前、ある男性のお客様から承った、特別なコースですね」

 俥夫の言葉に、遥の心臓は高鳴り続けていた。

 圭が残したレシートが、本当にここでも繋がっている。
この人力車の特別コースもまた、圭が遥のために仕込んでくれたものなのだと、遥は確信した。

「あの、その男性の方というのは…?」

 遥は、わずかに震える声で尋ねた。
俥夫は遥の言葉に、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。

「ええ、その男性の方は、半年ほど前になりますか。大変熱心な方でしてね。
お電話で問い合わせがあったんです。
ご自身は来られないが、恋人が喜びそうな場所を巡るルートを、時間をかけて一緒にオンラインの打ち合わせで考えてくれないかと。
それはもう、細かく、ひとつひとつの景色について、どんな風に見えるか、どんなことを感じるだろうか、と真剣に相談してくださいましたよ」

 俥夫の言葉は、まるで圭の声が聞こえてくるかのようだった。
圭が、遥の喜ぶ顔を想像しながら、遠く離れた場所から、見えない労力を費やしてくれていたのだと思うと、遥の胸は熱くなる。

「その方は、ご自身が人力車に乗るのではなく、恋人に、このルートを体験させてあげてほしいと。
料金も前払いしてくださって、
『特別コースのレシートを持つ女性が来たら、どうか一番心を込めて、その景色を届けてやってほしい』
と、そう頼まれていました」

 俥夫の言葉が、遥の心をじんわりと満たしていく。

 圭は、自身の余命を知り、遥のためにこの旅を計画していたのだろうか。
そう思うと、胸が締め付けられるほど切なくなった。

 彼の深い愛情と、遥の未来を想う周到な計画性が、今、目の前で鮮やかに明らかになっていく。

「まさか、そんな風に……」
遥は言葉を失った。

 俥夫は、遥の感情を察したように、優しく微笑んだ。

「その方が、お客様にとってどれほど大切な方なのか、私には分かりかねますが、お話しぶりから察するに、きっとそうなのでしょうね。
その方の想いを、私が責任を持って、この人力車に乗せてお届けいたします」

 遥は、涙が溢れそうになるのを必死でこらえ、深く頭を下げた。

「ありがとうございます。お願いします」

 人力車に乗り込み、遥は深く息を吐いた。

 俥夫が力強く車を引き始める。
ガタゴトと、車輪が石畳の上を軽快に進む音が、心地よく響いた。

 最初に人力車が向かったのは、ガイドブックにも載っていた嵐山の竹林だ。
高く伸びた竹が空を覆い、辺りは幻想的な緑の光に包まれている。

 風が竹の葉を揺らし、さやさやと優しい音が響き渡る。

「まるで、竹が歌っているようですね」

 遥が思わずそう呟くと、俥夫が振り返ってにこやかに言った。

「ええ、お客様がおっしゃった通り、この竹林は、風が吹くたびに様々な音色を奏でてくれます。
まるで、森の精霊たちが語りかけているかのようでしょう」

 圭は、きっと遥がこの竹林の音色に感動することを想像していたに違いない。

 遥は目を閉じ、風の音に耳を傾けた。
その音の中に、圭の優しい声が混じっているような気がした。

 竹林を抜け、次に人力車は桂川沿いの小道をゆっくりと進む。

 錦秋の嵐山は、紅葉が始まったばかりの木々と、まだ緑を残す木々が織りなすグラデーションが美しかった。
川面には、夕焼けのオレンジ色が映り込み、きらきらと輝いている。

「この景色も、彼が特にこだわっていた場所ですよ」と、俥夫が声をかけてきた。

 圭の想いが、この景色の一つ一つに込められている。
遥は、隣に圭がいるような錯覚に陥り、彼の大きな手が、遥の肩をそっと抱き寄せるような温かさを感じた。

 この人力車の旅は、圭が遥のために用意してくれた、特別な時間だった。

 ただ美しい景色を見せるだけではない。
遥の心に、圭の深い愛を、温かく、じんわりと染み込ませるための、彼の最後の贈り物。

 遥は、胸いっぱいに秋の風を吸い込み、彼の愛の大きさに、ただただ感動していた。
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