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第三章:レシートの終わりと最後の鍵
第三十七話:彼の愛と計画
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人力車は、圭が遥のために選んだ特別コースを、ゆっくりと進んでいく。
一つ一つの景色が、圭の想いを乗せて遥の心に語りかけるようだった。
竹林を抜けた後、人力車は嵐山の小道を縫うように進んだ。
嵯峨野の静かな住宅街を抜け、ひっそりと佇む小さな寺院の前を通る。
観光客で賑わうメインストリートとは一線を画した、趣のある道だ。
「こちらは、落柿舎(らくししゃ)という場所でございます」と、俥夫が遥に説明した。
「俳句で有名な向井去来ゆかりの庵でしてね。一緒にルートをご相談させていただいた男性のお客様も大変気に入っておられました」
落柿舎。
その名前を耳にしただけで、遥は圭の穏やかな笑顔を思い出した。
圭は、こういう静かで、歴史を感じさせる場所を好んだ。
遥がデザインに行き詰まった時など、「遥、少し散歩に行こうか」と誘い、近所の神社や古い庭園によく連れて行ってくれたものだ。
そこで圭はいつも、遥の隣で静かに景色を眺め、遥が何かを感じ取るのを待っていた。
決して多くを語らず、ただ寄り添ってくれる彼の優しさを、遥は今、この京都の地で改めて感じていた。
人力車はさらに進み、紅葉が始まったばかりの美しい庭園の脇を通った。
まだ青々とした葉の間に、燃えるような赤や鮮やかな黄色が点々と混じり合い、錦秋の訪れを告げている。
「この庭園の景色も、男性のお客様が特に力を入れて選ばれていた場所です。
どの季節に訪れても、きっと心を癒やしてくれるだろうと、熱心に話されていました」
と、俥夫が声をかけてきた。
圭の想いが、この景色の一つ一つに込められている。
圭は、半年後に遥がこの景色を見ることを、すでに知っていたかのように、このルートを計画していたのだ。
自分の命が短いことを知った時、圭は何を思ったのだろう。
どんな気持ちで、遥に残す「未来の贈り物」を考え始めたのだろうか。
遥は、胸の奥からこみ上げてくる熱い塊を感じた。
それは、圭への深い愛情と、彼が遥の未来のために尽くしてくれた、その壮絶なまでの優しさへの感謝だった。
圭は、遥が彼の死によって立ち止まってしまわないよう、遥が再び人生に彩りを取り戻せるよう、綿密に、そして静かに、この「計画」を練り上げていたのだ。
レシート一枚一枚が、まるで圭からの手紙のようだった。
遥を導き、新しい世界と出会わせ、そして、失われた情熱を呼び覚ます。
そして今、この人力車の旅は、遥に彼の愛の深さを、これまで以上に強く、鮮明に伝えていた。
人力車は、やがて嵐山の竹林に戻ってきた。
午後の日差しが傾き始め、竹の隙間から差し込む光が、朝とは異なる幻想的な光景を作り出している。
「まもなく、終点となります」
俥夫の声が聞こえ、遥ははっと我に返った。
あっという間の時間だった。
しかし、その短い時間に、遥は圭の温かい存在を、これまで以上に強く感じることができた。
人力車を降り、遥はもう一度俥夫に深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。
彼の想いが、私に伝わってきました」
遥の言葉に、俥夫は柔らかな笑みを浮かべた。
「私も、微力ながらお手伝いできて光栄です。
お客様の笑顔が、何よりの証拠ですね」
遥は、彼が差し出した温かい缶のお茶を受け取り、ゆっくりと口に含んだ。
圭は、遥が旅の終わりに少し疲れているだろうと、ここまで想像していただろうか。
そんな風に考えるだけで、再び涙が滲んできた。
圭は、遥の隣にはもういない。
けれど、遥の心の中には、彼の愛が確かに息づいている。
この京都の旅は、圭の愛が遥の未来を照らし続ける、そんな確信を与えてくれた。
遥は、もう振り返らない。
圭が描いてくれた未来へと、力強く一歩を踏み出す準備が、遥の心の中にしっかりと整っていた。
一つ一つの景色が、圭の想いを乗せて遥の心に語りかけるようだった。
竹林を抜けた後、人力車は嵐山の小道を縫うように進んだ。
嵯峨野の静かな住宅街を抜け、ひっそりと佇む小さな寺院の前を通る。
観光客で賑わうメインストリートとは一線を画した、趣のある道だ。
「こちらは、落柿舎(らくししゃ)という場所でございます」と、俥夫が遥に説明した。
「俳句で有名な向井去来ゆかりの庵でしてね。一緒にルートをご相談させていただいた男性のお客様も大変気に入っておられました」
落柿舎。
その名前を耳にしただけで、遥は圭の穏やかな笑顔を思い出した。
圭は、こういう静かで、歴史を感じさせる場所を好んだ。
遥がデザインに行き詰まった時など、「遥、少し散歩に行こうか」と誘い、近所の神社や古い庭園によく連れて行ってくれたものだ。
そこで圭はいつも、遥の隣で静かに景色を眺め、遥が何かを感じ取るのを待っていた。
決して多くを語らず、ただ寄り添ってくれる彼の優しさを、遥は今、この京都の地で改めて感じていた。
人力車はさらに進み、紅葉が始まったばかりの美しい庭園の脇を通った。
まだ青々とした葉の間に、燃えるような赤や鮮やかな黄色が点々と混じり合い、錦秋の訪れを告げている。
「この庭園の景色も、男性のお客様が特に力を入れて選ばれていた場所です。
どの季節に訪れても、きっと心を癒やしてくれるだろうと、熱心に話されていました」
と、俥夫が声をかけてきた。
圭の想いが、この景色の一つ一つに込められている。
圭は、半年後に遥がこの景色を見ることを、すでに知っていたかのように、このルートを計画していたのだ。
自分の命が短いことを知った時、圭は何を思ったのだろう。
どんな気持ちで、遥に残す「未来の贈り物」を考え始めたのだろうか。
遥は、胸の奥からこみ上げてくる熱い塊を感じた。
それは、圭への深い愛情と、彼が遥の未来のために尽くしてくれた、その壮絶なまでの優しさへの感謝だった。
圭は、遥が彼の死によって立ち止まってしまわないよう、遥が再び人生に彩りを取り戻せるよう、綿密に、そして静かに、この「計画」を練り上げていたのだ。
レシート一枚一枚が、まるで圭からの手紙のようだった。
遥を導き、新しい世界と出会わせ、そして、失われた情熱を呼び覚ます。
そして今、この人力車の旅は、遥に彼の愛の深さを、これまで以上に強く、鮮明に伝えていた。
人力車は、やがて嵐山の竹林に戻ってきた。
午後の日差しが傾き始め、竹の隙間から差し込む光が、朝とは異なる幻想的な光景を作り出している。
「まもなく、終点となります」
俥夫の声が聞こえ、遥ははっと我に返った。
あっという間の時間だった。
しかし、その短い時間に、遥は圭の温かい存在を、これまで以上に強く感じることができた。
人力車を降り、遥はもう一度俥夫に深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました。
彼の想いが、私に伝わってきました」
遥の言葉に、俥夫は柔らかな笑みを浮かべた。
「私も、微力ながらお手伝いできて光栄です。
お客様の笑顔が、何よりの証拠ですね」
遥は、彼が差し出した温かい缶のお茶を受け取り、ゆっくりと口に含んだ。
圭は、遥が旅の終わりに少し疲れているだろうと、ここまで想像していただろうか。
そんな風に考えるだけで、再び涙が滲んできた。
圭は、遥の隣にはもういない。
けれど、遥の心の中には、彼の愛が確かに息づいている。
この京都の旅は、圭の愛が遥の未来を照らし続ける、そんな確信を与えてくれた。
遥は、もう振り返らない。
圭が描いてくれた未来へと、力強く一歩を踏み出す準備が、遥の心の中にしっかりと整っていた。
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