『君は、未来で僕を見つける。』

月影 朔

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第四章:あなたが生きた未来で

第五十二話:始まりの屋上

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 大学の正門をくぐり、遥は懐かしい記憶を辿るように歩き出した。

 かつて圭と手を取り合って通った図書館の脇の小道を抜け、体育館の裏手にある非常階段を目指す。

 普段は立ち入り禁止の札がかかっているはずなのに、今日はなぜか外されていた。
まるで遥を招き入れるかのように、錆びた鉄骨の階段が、天空へと伸びている。

 一歩一歩、階段を上るたびに、心臓の鼓動が大きくなる。

 大学時代、遥と圭はよくこの屋上で時間を過ごした。
講義の合間、課題に疲れた時、時にはただぼんやりと空を眺めるためだけに。

 ここには、二人の秘密の場所のような空気感があった。

 街の喧騒が嘘のように遠ざかり、風の音だけが遥の耳元を撫でる。
圭はいつも、遥の隣で、穏やかに笑っていた。

 屋上への扉を開けると、ひんやりとした風が遥の髪をそっと撫でた。

眼下に広がる街並みは、あの頃とほとんど変わっていない。
高層ビル群が立ち並び、車の流れがまるで生き物のように蠢いている。

 しかし、遥の目に映る景色は、半年前に圭を失ってからの灰色の世界とは全く異なっていた。
彩りを帯び、生命力に満ちている。

 錆びついたフェンスにもたれかかり、遥は大きく深呼吸をした。
胸いっぱいに吸い込む冬の澄んだ空気は、圭との思い出の香りがするような気がした。

 ここで、圭と初めて出会ったのだ。

 遥がデザインの課題に煮詰まって、屋上でひとり途方に暮れていた時、圭が偶然通りかかって声をかけてくれた。
それが、二人の恋の始まりだった。

「どうしたの? そんな顔して」

 圭の優しい声が、今も遥の耳の奥で響く。

 あの時、差し出された温かい缶コーヒーの温もりも、鮮明に思い出せる。
圭はいつも、遥が困っていると、当たり前のように寄り添ってくれた。
そして、遥がまだ気づいていない才能や、秘めた情熱を見つけ出し、そっと背中を押してくれた。

 彼の存在が、遥の日常を、人生を、どれほど豊かにしてくれていたのか。

 遥は、コートのポケットからタブレットを取り出した。

 画面には、先ほどログインした「リーディング・ツリー」の圭のアカウントページが映し出されている。

 『時の貯金箱』。

 たった一つの投稿作品。
そして、たった一つの購入履歴。

 遥は、圭のいない屋上のコンクリートの上に静かに座り込んだ。

 冷たい地面の感触が、現実を遥に突きつける。
隣に圭はいない。
彼の温かい腕が、遥の肩を抱いてくれることはない。
しかし、不思議と孤独ではなかった。

 彼の存在を、すぐそばに感じていた。
風が再び遥の髪をそっと撫でた。
それはまるで、圭の優しい指が、遥の頬をなぞっているかのようだった。

 遥は、タブレットをそっと膝の上に置いた。
まだエッセイは開かない。

 この場所で、圭の最後のメッセージを読むことの意味を、遥はゆっくりと噛みしめていた。

 ここから始まった二人の物語。
そして、今、ここで、彼が遺した最後の贈り物を受け取る。

 それは、別れではなく、新たな始まりなのだと、遥は直感していた。

 タブレットの画面に、圭の名前が静かに灯っている。「Asagiri_Kei」。

 その文字が、遥に語りかけているようだった。
彼の声が聞こえる気がした。
彼の温かい眼差しを感じる。
遥の頬を伝う涙は、もう悲しみだけではなかった。

 圭がどれほど遥を愛し、その未来を願っていたかを知る、温かい感謝の涙だった。

 彼は、遥の心の中で、永遠に生き続けている。
そして、このエッセイが、その確かな証となるだろう。

 遥は、静かにタブレットの画面に指を伸ばし、その作品をタップする準備をした。
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