『君は、未来で僕を見つける。』

月影 朔

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第四章:あなたが生きた未来で

第五十五話:新しい朝、未来への一歩

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 屋上から下りてきた遥は、その足でまっすぐに圭の部屋へ向かった。

 彼の机の引き出しを開け、空になった空間をじっと見つめる。
以前は深い喪失感を覚え、涙が止まらなかった場所が、今は圭の温かい愛で満たされているように感じられた。

 あのエッセイ、『時の貯金箱』。

 それは遥の心を深く、そして確実に癒やしてくれた。
圭が蒔いた「希望の種」が、遥の心の中で確かに芽吹き、育っているのを実感する。

 それから、数ヶ月が経った。

 初夏の爽やかな風が、遥の頬を優しく撫でる。

 遥の表情は以前よりもずっと明るく、その瞳には柔らかな光が宿っていた。
彼女の足取りは軽く、向かう先は陶芸教室だ。

「遥さん、今日も素敵な笑顔ね!」

 教室の扉を開けると、いつものように、年上のマダムが笑顔で迎えてくれた。

 教室の中では、ろくろを回す音や、釉薬を塗る生徒たちの楽しそうな声が響いている。

 陶芸教室に通い始めてから、遥の世界は大きく広がった。
土を触る感触、形になっていく喜び、そして何よりも、ここで出会った仲間たちとの温かい交流。

 遥の手には、自ら作った野花のデザインのカップがあった。

 柔らかな曲線を描くそのカップは、素朴ながらも遥の心が込もっているのが見て取れる。

 以前の遥なら、形がいびつだと笑い、完璧でない自分を責めていたかもしれない。
だが、今の遥は違う。
多少の不格好さも、個性として愛せるようになった。

 それは、圭が遥の才能を信じ、不器用な優しさで彼女を導いてくれたからこそ得られた、大きな変化だった。

「遥、新しいプロジェクト、どう?」

 休憩中、美咲が淹れてくれた温かいカモミールティーを飲みながら、声をかけてきた。

 美咲との再会は、遥にとって大きな転機だった。
圭が仕組んでくれた予期せぬ再会は、遥が一人で抱え込んでいた孤独を溶かし、再び人と繋がる喜びを教えてくれた。

「うん、順調だよ。
この前、新しいロゴデザインがクライアントにすごく気に入ってもらえて。
この青い鳥のブローチのおかげかな」

 遥は胸元の青い鳥のブローチにそっと触れた。

 圭が遥のデザイナーとしての才能を信じ、そっと背中を押してくれたこのブローチは、今や遥にとってお守りのような存在だった。

 新しいプロジェクトのリーダーに抜擢されたあの日から、遥は再びデザインに情熱を燃やし始めている。

 圭が遥のために貯金してくれた「時間」が、こうして「未来の仕事」として花開いているのだ。

「それからね、美咲。
私、圭が残してくれたエッセイを読んだの」

 遥は、静かに話し始めた。
陶芸教室の仲間たちが、遥の言葉に耳を傾ける。

 圭が遥のために書き残した『時の貯金箱』。
そこに込められた圭の深い愛の物語を、遥はゆっくりと、丁寧に語った。

 レシートが導いた旅、陶芸教室での出会い、ピアノとの再会、京都での人力車の思い出、そして絵葉書に記された圭のメッセージ。

 全てが、圭が遥の未来のために蒔いた「希望の種」だったことを。

「圭はね、私に言いたかったんだと思うの。
もし時間がお金のように貯められたら、僕が君の未来のために、そっと貯金していくからって」

 遥の言葉に、仲間たちの目にも光が宿る。
遥の語る圭の愛の物語は、悲しみではなく、温かい光と希望に満ちていた。

「このカップもね、圭が陶芸を勧めてくれたから作れたの。
私一人じゃ、きっと始められなかった」

 遥は、手に持ったカップをそっと見つめた。
そこには、圭との思い出、そして新しい仲間たちとの絆が刻まれている。

 圭が蒔いた幸福の種は、遥という媒体を通じて、陶芸教室の仲間や、美咲、そしてこれから新しく出会う人々へと、静かに、しかし確実に広がっていく。

 それは、圭が望んだ未来であり、彼が残した愛が確かに遥の中で生き続けている証だった。

 遥は、カップを優しく両手で包み込んだ。
温かい土の感触が、圭の温もりのように遥の心に染み渡る。

 まるで、圭がそこにいるかのように感じられた。

圭が笑った気がした。
『君は、未来で僕を見つける。』

 遥の瞳は、未来への確かな光を宿し、力強く輝いていた。

「ありがとう、圭。
私、未来であなたを見つけたよ」
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