『秒速シンデレラ』

第1章：はじまり

第2話：最初のプロフィール

　真夏の熱気がまだ残る部屋で、結衣はスマホの画面を睨んでいた。

　梓の結婚式で感じた焦燥感が、喉の奥にへばりついて離れない。

　あの「AIで玉の輿」という広告が、頭の中で繰り返し再生される。

　希望の光のように見えたその言葉に、結衣の指は吸い寄せられるように、アプリストアで「パーソナルAIシステム エクレア」と検索していた。

　アプリのダウンロードは一瞬で終わった。
しかし、そこから先、何の指示も表示されない。

　結衣はスマホを握りしめ、眉間にしわを寄せた。

　もしかして、AIが私の理想の相手を探すには、もっと情報が必要なのかもしれない。

　そもそもエクレアにはマッチングシステムがあるわけではない。

　それなら、どちらにしても、あとで出会い系のマッチングアプリへの登録が必要だろう、と結衣は考えた。

　とりあえず、先にマッチングアプリに登録だけしておこう。

　エクレアからの指示が来たら、プロフィール情報などを後で更新すればいい。

　そう決めて、結衣は別のマッチングアプリを開いた。

　マッチングアプリのアカウント登録を済ませ、自己紹介文の入力画面で手が止まる。

　どんなことを書けば、理想の相手に巡り合えるのだろう。

　雑誌に載っているような、「素敵な私」を演出する言葉は、どうにもしっくりこない。

　完璧なプロフィールなんて、今の私には書けるはずもない。

　指先が、キーボード画面の上を不器用にさまよった。

　ふと、思考の片隅に、亡き母の笑顔が浮かんだ。温かい湯気が立ち上る生姜焼きの匂い。
あの味を思い出すと、心の中にじんわりと温かいものが広がる。

　そうだ、飾らない、本当の私でいい。

　結衣は、心に浮かんだ言葉をそのまま打ち込み始めた。

「休日は、近所のスーパー銭湯を巡るのが好きです。
あの、湯船に浸かるときの『ふぅ』って声が漏れる感じ、最高ですよね。
あとは、深夜アニメを一気見するのも至福の時間です。
最近は、近所の野良猫を観察するのが日課で、彼らの気ままな生き方に癒されてます」

　そして、最後に、そっと付け加えた。

「一番好きな食べ物は、亡くなった母が作ってくれた生姜焼きです。
焦げ付きやすいけど、味がしっかり染みてて、温かくて、本当に美味しかったんです」

　書き終えたプロフィールを読み返す。完璧とは程遠い、むしろ少し垢抜けない、素の自分がそこにいた。

　でも、なぜだろう。

　胸の奥に、ほんの少しだけ温かいものが灯ったような気がした。

　「これでいい。
どうせあとでAIが書き直してくれるんだから。」

　結衣は、登録ボタンをそっとタップした。