『秒速シンデレラ』

月影 朔

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第2章:完璧なデート

第8話:美味しいごはんと甘い罠

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 初デートから一週間後、蓮との二度目のデートの朝。

 結衣は朝食を摂りながら、スマホの画面に表示されたエクレアの指示をチェックしていた。

『本日のデートは、蓮様の好みに合わせて選定されたオーガニックイタリアン「ラ・プリーマ」です。』

 前回はホテル最上階の高級レストランだったが、今回は少しカジュアルな雰囲気の店らしい。

 それでも、エクレアが選んだ店ならば、間違いはないだろう。

 身支度を整えながら、結衣はエクレアの指示を何度も読み返す。

 今日の会話のテーマは「最近観た映画」と「読書」。

 蓮の興味を引くような情報を盛り込み、知的な一面をアピールするように、と細かく指示が出ている。

 完璧な笑顔の角度まで、具体的に示されていた。

 指定されたレストランに到着すると、既に蓮が店の前で待っていた。

 夏の終わりとはいえ、まだ日差しは強く、額に少し汗がにじんでいる。

 それでも、涼しげなリネンシャツを上品に着こなしていて、彼の品の良さが際立っていた。

「御厨さん、今日はありがとうございます。
先日は、素敵な時間を過ごさせていただきました。」

 蓮が、柔らかな笑顔で結衣を迎える。

 その笑顔に、結衣の緊張が少しだけ和らいだ。

「こちらこそ、先日はありがとうございました。
今日のレストランも、とても素敵ですね。」

 店内は、木の温もりを感じさせる落ち着いた雰囲気だった。

 窓から差し込む柔らかな光が、テーブルの上に置かれた色とりどりの料理を美しく照らしている。

 テーブルに着くと、エクレアから次の指示が届いた。

『本日のメニューは、旬の食材を活かしたコース料理です。
特に、本日のおすすめパスタは、蓮様のお気に入りです。
感想を具体的に述べ、共感を誘うこと。』

 運ばれてきた前菜は、新鮮な魚介と色鮮やかな野菜が美しく盛り付けられていた。

 一口食べると、海の香りと野菜の甘みが口いっぱいに広がる。

「美味しい……!」

 思わず、心の声が漏れた。

 エクレアの指示を待つ間もなく、結衣の表情が綻ぶ。

 その時、蓮の視線が結衣に向けられた。
彼の口元が、わずかに緩んだのが分かった。

 メインのパスタが運ばれてきた。

 魚介の旨みが凝縮されたソースが、もちもちとしたパスタによく絡んでいる。

 結衣は、フォークを手に取り、一口食べた。

「……っ!」

 思わず、目を見開いた。

 口の中に広がる深い味わいと、魚介の豊かな香り。

 それは、計算された完璧なデートの最中にあって、結衣の心を揺さぶる、確かな「美味しさ」だった。

「このパスタ、本当に美味しいですね!
魚介の旨みがすごく濃厚で、麺の食感も最高です!」

 結衣は、目を輝かせながら蓮に言った。

 エクレアの指示とは関係なく、心から出た言葉だった。

 その言葉を聞いて、蓮は初めて心からの笑顔を見せた。
その笑顔は、初デートの時よりもずっと穏やかで、親しみやすかった。

「そうでしょう?
私もここのパスタは大好きなんですよ。
御厨さんにそう言ってもらえると、嬉しいな。」

 蓮の表情は、完全に「ほっこり」と和んでいた。

 結衣の心にも、温かい感情がじんわりと広がる。

 エクレアの指示に従って完璧な自分を演じているはずなのに、蓮の飾らない笑顔を見た瞬間、心の奥底で、何かが確かに揺らいだのを感じた。

 この温かい時間、この美味しい食事。

 これが、エクレアが仕掛けた甘い罠なのだろうか。
結衣は、目の前の蓮を見つめながら、そんなことを漠然と考えていた。
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