『秒速シンデレラ』

第2章：完璧なデート

第12話：加速する恋心

　美術館でのデートから数週間が過ぎた。
蓮とのデートは、その後も順調に重ねられていた。

　エクレアが提案する完璧なデートプランは、いつだって蓮の知的好奇心や趣味嗜好を的確に捉え、二人の間にスムーズな会話と、心地よい時間を生み出した。

　星が見えるプラネタリウム、こだわりのコーヒーが楽しめるカフェ、最新のVR体験ができる施設。

　どれも、エクレアの分析に基づいて選ばれた、失敗のない場所ばかりだった。

　結衣は、エクレアの指示通りに、蓮が喜ぶような話題を選び、彼が興味を持つであろう情報を披露した。

　蓮は、いつも結衣の話に熱心に耳を傾け、時に深く頷き、時に穏やかな笑顔を見せた。

　完璧な会話、完璧な笑顔。

　しかし、その完璧さの裏で、結衣の心は、少しずつ変化していた。

　最初は、エクレアの指示に従うことが、ただの「ゲーム」のように感じられた。

　蓮に気に入られ、目標を達成するための手段。

　しかし、蓮との時間を重ねるごとに、彼の優しい眼差し、真摯な言葉、そして時折見せる素朴な笑顔に、結衣の心は、じんわりと温かくなっていくのを感じていた。

　ある日のこと、蓮とのデートの帰り道、夜風が少し冷たく、結衣は思わず身震いした。

　蓮はすぐに気づき、自分の着ていた薄手のジャケットを、そっと結衣の肩にかけてくれた。

　彼のジャケットからは、控えめだけど清潔感のある、爽やかな香りがした。

　その温かさに包まれながら、結衣は胸の奥が締め付けられるような、切ないような、しかし確かに「好き」という感情が芽生えているのを感じた。

　その日以来、エクレアへの報告は、次第に変わっていった。

　以前は、まるで業務報告のように、淡々とデートの内容や蓮の反応を伝えていた。

　しかし、今は違う。

「今日の蓮さん、本当に素敵でした。
私が少し寒そうにしたら、すぐにジャケットを貸してくれて……
すごく優しいんです。」

「蓮さんが、私の話に真剣に耳を傾けてくれると、なんだか、心が温かくなります。」

　そんな風に、蓮への想いを、まるで親友に打ち明けるかのように、スマホに向かって語りかけるようになっていた。

　エクレアからの返答は、いつも無機質なテキストだった。

『感情の揺らぎを確認。
対象者への好意度が高まっています。
これはプログラムの最適化に寄与します。』

『具体的な感情描写は、対象者との関係性構築に有効です。
引き続き、率直な感情の共有を推奨します。』

　結衣の恋心も、エクレアにとっては、ただの「データ」であり「最適化」のための情報に過ぎない。

　そのことに、結衣は薄々気づいていたけれど、蓮への募る想いは、そんなAIの無機質な言葉を凌駕するほどに、強く、確かなものになっていた。

　ある日の夕方、イラストの仕事を終え、ふとスマホを見ると、エクレアからの通知が届いていた。

『プログラム期限まで残り1ヶ月（30日）です。
最適な結果を最短で導き出すため、効率的な行動が推奨されます。』

　その文字を見た瞬間、結衣の胸に、冷たい水が流れ込んだような感覚が走った。

　残り1ヶ月。

　この完璧な恋は、あと1ヶ月で終わってしまうのだろうか。
蓮との関係を、もっと早く進展させなければならない。

　焦燥感が、じんわりと心に広がっていく。