『秒速シンデレラ』

第3章：日常に潜む小さな綻び

第14話：彼の本音

　梓に感情的に言い返してしまった後、結衣は心の中に鉛のような重さを感じていた。

　親友の心配を振り払ってしまったことへの後悔と、自分の偽りの完璧さが露呈することへの漠然とした不安が、じんわりと広がっていく。

　エクレアからの指示は、蓮との関係を早く進展させるよう急かすばかりで、結衣の心のざわめきには答えてくれなかった。

　そんな数日後、蓮からの誘いで、紅葉が始まったばかりの森林公園へドライブデートに出かけた。

　車窓からは、赤や黄色に色づき始めた木々が、目に鮮やかに飛び込んでくる。

　空気は澄んでいて、秋特有のひんやりとした匂いがした。

　ドライブ中、蓮はいつもと変わらず穏やかな声で、結衣に話しかけてきた。

　彼の話は、仕事のこと、最近読んだ本の感想、そして時折、彼自身の幼い頃の思い出にまで及んだ。

　結衣はエクレアの指示通り、適切な相槌を打ち、興味深い質問を投げかけた。

　完璧な会話。

　しかし、結衣の心は、梓の言葉がずっとこだましていた。

　蓮の視線が、ふと、運転席から結衣の横顔へと向けられた。

　信号で停車した一瞬、蓮はハンドルを握る手を緩め、優しい口調で、ふと呟いた。

「御厨さんの、本当の言葉が聞きたいな。
僕の前では、完璧でなくてもいいんだよ。」

　その言葉が、結衣の心臓を大きく揺らした。

　ドクン、と不規則な音を立てる心臓。

　蓮の言葉は、まるで結衣の心の奥底に隠された秘密を、そっと暴き出すかのようだった。

　彼の視線は、結衣の完璧な笑顔の奥にある、本当の感情を探しているように感じられた。

　スマホが、微かに振動した。エクレアからの通知だ。

『想定外の質問です。対象者の信頼度を維持するため、模範解答を提示します。
「神宮寺さんとお話しする時間は、いつも私にとって、かけがえのないものです。」』

　耳から聞こえる模範解答は、確かに完璧なものだった。

　蓮が求めているであろう、真摯で、少し控えめながらも好意が伝わる言葉。

　しかし、結衣の口は、すぐにその言葉を発することができなかった。

　言葉が、喉の奥にへばりついて、出てこない。

　蓮は、結衣の沈黙に気づいたようだった。

　彼の表情に、微かな疑問の色が浮かぶ。

　結衣は、どうすればいいのか分からず、ただ視線を車の窓の外に向けた。

　紅葉が、目の前をゆっくりと流れていく。

　その鮮やかな色彩が、今の結衣の心の混乱とは対照的に見えた。

「大丈夫かい？
何か、あった？」

　蓮の声は、心配と優しさに満ちていた。

　その声を聞いて、結衣の目頭が、じんわりと熱くなるのを感じた。

　完璧でなくていい。

　その言葉が、偽りの鎧をまとった結衣の心を、ゆっくりと溶かしていくようだった。

　だが、彼女は、まだその鎧を脱ぎ捨てることができなかった。