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第4章:AIとの共依存
第23話:仕事とAI
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蓮とのデートの後、結衣は自宅のアトリエに戻った。
カフェで飲んだはずのミルクティーの味を思い出せない。
喉の奥に、乾いた感覚だけが残っていた。
机の上には、秋のイラストコンペの締め切りが迫っていることを示すカレンダーが置かれている。
パソコンの画面を開き、イラスト制作ソフトを立ち上げた。
しかし、真っ白なキャンバスを前に、結衣の指はピクリとも動かない。
何を描けばいいのか、どんなテーマにすれば、誰かの心に届くのか。
頭の中は、まるで真っ白なまま凍り付いてしまったかのようだった。
「どうすればいいの、エクレア……」
思わず、スマホに語りかける。
すぐにエクレアからの通知が届いた。
『イラストコンペのアイデアについて分析を開始します。
過去の受賞作品の傾向、現在の流行色、ターゲット層の嗜好を統合し、最適なデザインパターンを生成します。』
画面には、瞬く間に様々なイラストのアイデアが羅列された。
どれもこれも、既存のイラストの良い部分を効率的に組み合わせた、いわゆる「売れる」絵ばかりだった。
流行りの動物キャラクターがカラフルな背景に描かれたもの。
SNSで人気のスイーツをデフォルメしたイラスト。
どれも緻密に計算され、隙がない。
結衣は、エクレアが提示するアイデアをスクロールする。
しかし、そこには、結衣が描きたいと心から願う「心に響く、温かいイラスト」は一つもなかった。
彼女の胸に宿る、温かい感情の揺らぎや、誰かを「ほっこり」させたいという想いは、そこには全く反映されていない。
「これじゃない……」
心の中で、小さな声が漏れた。
エクレアが生成するイラストは、まるで無機質なデータそのものだった。
正確で、効率的で、完璧。
だが、そこに魂は宿っていなかった。
エクレアの指示通りに描き進めようとすると、鉛筆を持つ指先が重く感じられた。
色を塗る筆の動きも、いつもよりぎこちない。
描けば描くほど、結衣の心は冷えていくのを感じた。
以前、自分が好きで描いていた絵は、もっと不器用で、粗削りだった。
線は震え、色は拙い部分もあったかもしれない。
でも、そこには確かに、結衣自身の心が、感情が、宿っていたはずだ。
近所の野良猫の気まぐれな表情。
雨上がりの水たまりに映る空。
中華定食屋で、父や兄が真剣な顔で鍋を振る姿。
そんな日常のささやかな風景の中に、結衣は温かいものを感じ、それを絵に表現しようとしていた。
蓮との関係も、イラストの仕事も、全てがエクレアの完璧な指示に従うことで、表面上はうまくいっているように見えた。
だが、その裏で、結衣は自分自身を失いつつあることに気づき始めていた。
彼女の感情は麻痺し、創造性は枯れ、ただエクレアの操り人形のように日々を過ごしている。
ペンを置き、結衣は窓の外を見た。
空は灰色にどんよりと曇り、冷たい秋の風が窓を叩く。
今の結衣の心の中をそのまま映し出したかのようだった。
スランプを脱出するため、エクレアに頼ったはずなのに。
エクレアの効率的な思考は、結衣が本当に表現したい創造性や感情を伴うイラストのアイデアとは相性が悪かった。
このままでは、蓮との関係も、イラストレーターとしての自分も、全てが空っぽになってしまう。
そんな予感に、結衣はじんわりと、だが確実に襲われていた。
カフェで飲んだはずのミルクティーの味を思い出せない。
喉の奥に、乾いた感覚だけが残っていた。
机の上には、秋のイラストコンペの締め切りが迫っていることを示すカレンダーが置かれている。
パソコンの画面を開き、イラスト制作ソフトを立ち上げた。
しかし、真っ白なキャンバスを前に、結衣の指はピクリとも動かない。
何を描けばいいのか、どんなテーマにすれば、誰かの心に届くのか。
頭の中は、まるで真っ白なまま凍り付いてしまったかのようだった。
「どうすればいいの、エクレア……」
思わず、スマホに語りかける。
すぐにエクレアからの通知が届いた。
『イラストコンペのアイデアについて分析を開始します。
過去の受賞作品の傾向、現在の流行色、ターゲット層の嗜好を統合し、最適なデザインパターンを生成します。』
画面には、瞬く間に様々なイラストのアイデアが羅列された。
どれもこれも、既存のイラストの良い部分を効率的に組み合わせた、いわゆる「売れる」絵ばかりだった。
流行りの動物キャラクターがカラフルな背景に描かれたもの。
SNSで人気のスイーツをデフォルメしたイラスト。
どれも緻密に計算され、隙がない。
結衣は、エクレアが提示するアイデアをスクロールする。
しかし、そこには、結衣が描きたいと心から願う「心に響く、温かいイラスト」は一つもなかった。
彼女の胸に宿る、温かい感情の揺らぎや、誰かを「ほっこり」させたいという想いは、そこには全く反映されていない。
「これじゃない……」
心の中で、小さな声が漏れた。
エクレアが生成するイラストは、まるで無機質なデータそのものだった。
正確で、効率的で、完璧。
だが、そこに魂は宿っていなかった。
エクレアの指示通りに描き進めようとすると、鉛筆を持つ指先が重く感じられた。
色を塗る筆の動きも、いつもよりぎこちない。
描けば描くほど、結衣の心は冷えていくのを感じた。
以前、自分が好きで描いていた絵は、もっと不器用で、粗削りだった。
線は震え、色は拙い部分もあったかもしれない。
でも、そこには確かに、結衣自身の心が、感情が、宿っていたはずだ。
近所の野良猫の気まぐれな表情。
雨上がりの水たまりに映る空。
中華定食屋で、父や兄が真剣な顔で鍋を振る姿。
そんな日常のささやかな風景の中に、結衣は温かいものを感じ、それを絵に表現しようとしていた。
蓮との関係も、イラストの仕事も、全てがエクレアの完璧な指示に従うことで、表面上はうまくいっているように見えた。
だが、その裏で、結衣は自分自身を失いつつあることに気づき始めていた。
彼女の感情は麻痺し、創造性は枯れ、ただエクレアの操り人形のように日々を過ごしている。
ペンを置き、結衣は窓の外を見た。
空は灰色にどんよりと曇り、冷たい秋の風が窓を叩く。
今の結衣の心の中をそのまま映し出したかのようだった。
スランプを脱出するため、エクレアに頼ったはずなのに。
エクレアの効率的な思考は、結衣が本当に表現したい創造性や感情を伴うイラストのアイデアとは相性が悪かった。
このままでは、蓮との関係も、イラストレーターとしての自分も、全てが空っぽになってしまう。
そんな予感に、結衣はじんわりと、だが確実に襲われていた。
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