『秒速シンデレラ』

月影 朔

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第5章:カウントダウン

第27話:予期せぬハプニング

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 蓮とのデートから帰宅した結衣は、どっと疲れを感じてソファに沈み込んだ。

 頭の中には、蓮のどこか寂しげな視線と、「君は一体何を考えているんだろう」という言葉が何度もこだましていた。

 エクレアが導き出す完璧な答えと、蓮が本当に求めているものの間に、埋めようのない溝があることを痛感する。

 スマホの画面を見ると、エクレアから次の指示が届いていた。

『今後の関係進展のため、明日の午後、彼と屋外でのデートを推奨します。
彼の健康志向に合わせ、自然に触れる機会を設けてください』

 結衣はため息をついた。指示に従うしかない。

 プログラム期限は、もうすぐそこまで迫っている。

 翌日、蓮と結衣は、都心の公園にいた。

 園内を流れる小川のせせらぎが心地よい。
秋の柔らかな日差しが木漏れ日となって降り注ぎ、結衣の心にも、ほんの少しだけ安らぎが訪れた。

 蓮は、結衣が選んだオーガニック素材のサンドイッチを頬張りながら、穏やかに語りかける。

「こういう時間も大切だね。
普段、仕事ばかりしていると、自然の中に身を置く機会がなかなかなくて」

 結衣は、エクレアの指示通り、彼の言葉に相槌を打ち、健康に関する話題を広げた。

 完璧な会話。

 しかし、結衣の心は、蓮の言葉に心から応えているわけではない。

 公園のベンチに座り、秋の風が頬を撫でるのを感じながら、結衣はふと、蓮の顔を盗み見る。

 彼が、心の底から楽しんでいるのか、どこか無理をしていないか、気になったのだ。

 その時だった。

 空が急に暗くなり、ひゅう、と冷たい風が吹き抜けた。

 それまで晴れ渡っていた空に、あっという間に厚い雲が広がる。

「あれ?」

 蓮が空を見上げた、その瞬間、大粒の雨がぽつり、ぽつりと降り始めた。

 あっという間に雨粒は大きくなり、地面を叩く音が響く。

 エクレアからの指示はない。プログラムには、「突然の雨」というイレギュラーな事態は想定されていなかったのだ。

 結衣は、どうすればいいか分からず、ただ立ち尽くした。傘は持っていない。

 どこかへ移動するにも、近くに雨宿りできる場所は見当たらない。

 思考がフリーズしたように、結衣の脳裏には、何も浮かばなかった。

 雨はさらに強まり、たちまち結衣の薄手のニットを濡らし始めた。

 冷たい雨粒が、肌に張り付く。

 その時、蓮が何の迷いもなく、結衣の隣にぐっと近づいた。

 そして、傘もささずに、自分のジャケットを脱ぎ、結衣の頭上に掲げるようにして、咄嗟に結衣を庇った。

 蓮の広い背中が、結衣を雨から守る。

 そして、蓮の腕が、結衣の肩をそっと抱き寄せるように回り込んだ。

 濡れて冷たくなった結衣の身体に、蓮の温もりがじんわりと伝わる。
蓮の腕の中は、思いのほか温かかった。

 彼の心臓の鼓動が、結衣の背中に微かに伝わってくる。

 予期せぬハプニング。
想定外の温もり。

 結衣の身体が、初めて震えるほどの動揺を覚えた。

 これまで、エクレアの指示通りに完璧な自分を演じてきた。

 蓮に触れられる機会も何度かあったが、それは全てエクレアの計算された指示によるものだった。

 しかし、今のこの温かさは、違う。

 エクレアの指示を介さない、蓮の純粋な行動。

 蓮のシャツから、湿った土のような、そしてどこか懐かしい、優しい匂いがした。

 その匂いが、結衣の胸の奥を締め付ける。

 この温もりは、本物だ。
偽りではない。

 そして、その温もりに触れるほど、自分のこれまでの行動が、いかに偽りに満ちていたかを突きつけられるようだった。

「大丈夫かい?
急に降ってきたね」

 蓮の声が、すぐ近くで聞こえる。

 結衣は顔を上げることができなかった。

 蓮の温かい腕の中で、結衣の心は激しく揺れ動く。

 初めて、エクレアの指示とは関係なく、ただ蓮の存在そのものに、心が動かされた瞬間だった。

 その時、ポケットの中でスマホが震えた。

『プログラム期限まで残り1日です』

 エクレアからの通知。

 その通知が、冷たい現実を突きつける。

 蓮の温もりと、エクレアの冷たい通知。

 そのコントラストに、結衣の心は引き裂かれるようだった。
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