『秒速シンデレラ』

月影 朔

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第7章:決定的な亀裂

第38話:別れの言葉

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 蓮の言葉が、脳内でこだまする。

 「まるで、脚本を読んでいるかのようだ」。

 その言葉の重みに、結衣は息をすることも忘れていた。
喉がカラカラに乾き、心臓が大きく波打つ。

「君の、ありのままの言葉が聞きたいんだ」

 蓮の声が、優しいけれど、どこか諦めを含んでいるように聞こえた。

 返事をしなければ。

 そう思うのに、唇はぴくりとも動かない。

 エクレアからの指示がない空白の時間が、果てしなく長く感じられた。

 一体、自分は、蓮に何を伝えたかったのだろう。

 これまでは、エクレアが示した「完璧な答え」が、まるで自分自身の感情であるかのように錯覚していた。

 蓮の優しい眼差しも、心地よい会話も、全てがエクレアの指示通りに展開されていく中で、自分は本当に彼を愛しているのか、すら分からなくなっていた。

 けれど、今、目の前には、蓮がいる。

 彼の瞳の奥には、期待と、そして諦めのようなものが混じり合って揺れている。

 その視線が、結衣の心の奥底を覗き込んでいるようだった。

「…私、
は……」

 ようやく絞り出した声は、ひどくかすれていた。

 震える唇から、言葉が紡ぎ出せない。
胸の奥に、渦巻く感情があるはずなのに、それをどう表現すればいいのか、全く見当がつかない。

 蓮は、じっと結衣の言葉を待っていた。

 しかし、結衣は、ただ苦しそうに息をするばかりだった。

 長い、長い沈黙が流れた。

 その沈黙は、この数ヶ月間の二人の関係の、全てを物語っているようだった。

 エクレアによって完璧に演出された関係は、真の感情の繋がりを置き去りにしていた。

 蓮は、ゆっくりと息を吐いた。

 その吐息が、ガラスのテーブルを覆う静かな空気を震わせる。

「結衣さん」

 再び、蓮の声。今度は、先ほどよりも、さらに深いため息が混じっていた。

 蓮は、テーブルに置いていた手を、静かに引き上げた。

 その仕草が、結衣には、まるで遠ざかっていく背中のように感じられた。

「少し、距離を置こう」

 その言葉が、結衣の鼓膜を震わせた瞬間、全身の血が凍りついたかのように感じられた。

 耳鳴りがする。

 目の前が一瞬、真っ暗になる。

「この関係は、僕には苦しい」

 蓮の言葉が、一つ一つ、結衣の胸に突き刺さる。

 苦しい。
そう言われてしまった。

 完璧を装い、彼の隣にいようと必死だった結衣の努力は、全て彼を苦しめていたのだ。

「ごめんなさい…」

 結衣の口から、か細い謝罪の言葉が漏れる。

 しかし、その言葉は、蓮に届いたのだろうか。

 完璧な世界が、音を立てて崩れ去る。

 これまで築き上げてきた、全ての偽りの砂の城が、足元から崩壊していくような感覚に襲われた。

 蓮の言葉は、結衣にとって、死刑宣告と同じだった。

 蓮は、席を立ち上がった。

 その動きは、まるでスローモーションのように結衣の目に映る。

 彼は、結衣の横を通り過ぎ、そのまま出口へと向かっていく。

 結衣は、ただ、その背中を茫然と見つめることしかできなかった。

 心臓が、まるで誰かに握りつぶされたかのように痛む。

 初めて会った夜景の見える高級レストラン。

 あの時は、世界で一番幸せな場所にいると思っていた。
しかし、今は、この場所が、結衣の完璧な世界が終わりを告げた、絶望の場所になった。

 蓮の姿が、遠ざかり、そして、重厚な扉の向こうに消えた。

 結衣は、一人、そこに立ち尽くしていた。

 冷え切ったテーブルに、ただ残されたキャンドルの炎が、寂しく揺れている。
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