『秒速シンデレラ』

月影 朔

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第8章:本当の自分

第41話:一番の味方

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 蓮との別れから数日、結衣は自室に閉じこもっていた。

 部屋はカーテンが閉め切られ、昼だか夜だかわからない暗闇に包まれている。

 冷え切った空気の中で、結衣はただベッドに横たわり、何日も食事を口にしていなかった。

 胃がひどくねじれるような痛みを感じるが、それすらもどうでもよかった。

 その日も、結衣はただ毛布にくるまり、SNSの過去の投稿を眺めていた。

 あの頃の「キラキラした私」が、別世界の人間のように遠く感じられる。

 蓮との完璧なデート、友人たちからの羨望のコメント。

 全てが嘘だった。

 偽りの自分を演じ、虚飾にまみれた日々。

 スマホの画面が、今の惨めな自分を嘲笑っているかのようだった。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

 一度、そしてもう一度。

 しかし、結衣は動かなかった。

 誰が来たのか、考える気力もなかった。どうせセールスか、宅配だろう。

「結衣!
いるんでしょ、結衣!」

 聞き慣れた声が、ドアの向こうから響いた。

 梓だ。

 何度かチャイムが鳴り、ドアを叩く音が続く。

 その音が、結衣の心の奥深くに、微かな波紋を広げた。

「お願いだから、開けてよ!
心配してるんだから!」

 梓の声は、以前、結衣を諭した時の厳しい響きではなく、今はひどく切羽詰まっているように聞こえた。

 その声に、結衣の胸が締め付けられる。

 どうしよう、と結衣は思った。

 こんな姿を、梓に見られたくない。
完璧な自分を演じ続けてきた私を、こんな無様な姿で晒すなんて。

 けれど、梓の呼びかけは止まない。

 彼女の心配する声が、冷え切った部屋に少しずつ温かさを運び込んでくるようだった。

「…梓…」

 結衣は、ゆっくりとベッドから体を起こした。
鉛のように重い体を、なんとか動かす。

 足元がおぼつかないまま、玄関へと向かった。

 ガチャリ、と鍵を開けた瞬間、冷たい冬の空気が一気に部屋の中に流れ込んできた。

 その冷たさに、思わず身震いする。

 ドアの前に立っていた梓は、結衣の顔を見るなり、目を見開いた。

 憔悴しきった顔、目の下の隈、やつれた体。
その全てが、結衣の今の状態を物語っていた。

「結衣…!」

 梓は、何も言わずに、結衣の腕を掴んだ。

 その手は、冷え切った結衣の肌に、じんわりと温かさを伝えてきた。

 そして、そのまま結衣の背中を、優しくさすり始めた。

 何も聞かない。

 ただ、そこにいてくれる。

 その温かさに、結衣の胸の奥で、張り詰めていた何かが、プツンと音を立てて切れた。

 これまで溜め込んできた感情が、堰を切ったように溢れ出す。

「梓…
ごめんなさい…」

 か細い声で、謝罪の言葉が漏れる。

 それから、嗚咽が止まらなくなった。
ひぐっ、ひぐっと、しゃくりあげる声が部屋に響く。

 梓は、何も言わずに、ただ結衣の背中をさすり続ける。

 その手の温もりが、結衣の心をゆっくりと溶かしていく。

「私…
私、全部、嘘だったの…」

 震える声で、結衣は話し始めた。

 エクレアに依存していたこと。
完璧な自分を演じていたこと。

 蓮に、本当の気持ちを伝えられなかった後悔。

 全てを、梓に打ち明けた。

 言葉にするたびに、胸の奥に澱のように溜まっていたものが、少しずつ浄化されていくようだった。

 梓は、ただ黙って、結衣の言葉に耳を傾けてくれた。

 その瞳には、一切の批判もなく、ただ深い哀しみと、そして温かい優しさが宿っていた。

 冷たい部屋の中で、梓の温もりだけが、結衣を包み込んでいた。

 一番の味方が、今、目の前にいる。

 その事実に、結衣の心は、じんわりと温かさに満たされていった。
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