『秒速シンデレラ』

月影 朔

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第11章:等身大の愛

第56話:思い出の場所で

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 クリスマスイブの夜に蓮と正式に付き合い始めてから、季節は巡り、年が明けた。

 冬の凍えるような空気は和らぎ、柔らかな春の気配がそこかしこに漂い始めている。

 街路樹の枝には、固かった桜のつぼみが、淡いピンク色を覗かせ、今にも弾けそうに膨らんでいた。

 蓮との関係は、「秒速」で駆け抜けた偽りの恋とは違い、ゆっくりと、けれど確かに深まっていった。

 特別なことは何もない。

 ただ、互いの言葉に耳を傾け、他愛のない話に笑い合い、時には静かに寄り添う。

 その一つ一つが、結衣にとってかけがえのない時間だった。

 ある日の午後、蓮から連絡が入った。

「今日、少し時間があるかな?
行きたい場所があるんだ」

 蓮の声は、いつもと同じ穏やかさだったが、結衣の胸には小さな期待が膨らんだ。

 行き先を尋ねても、蓮はただ「着いてからのお楽しみ」と微笑むだけ。

 そのミステリアスな雰囲気に、結衣の心は弾んだ。

 蓮に連れられて辿り着いたのは、見慣れた、けれど今は特別な意味を持つ場所だった。

 雨宿りをした、あのカフェ。

 初めて蓮が、結衣の「完璧さ」に疑問を投げかけた、あの場所。

 入り口のドアを開けると、コーヒー豆の香ばしい匂いと、優しいジャズの調べが結衣を包み込んだ。

 店内の雰囲気は、あの頃と何も変わっていない。
壁に飾られた古い絵画も、使い込まれた木のテーブルも、全てが記憶のままだ。

 蓮は、結衣を窓際の席へと促した。

 あの時と同じ、雨に濡れた窓の外を眺めていた席だ。

 春の柔らかな日差しが差し込み、店内を明るく照らしている。

 二人は、それぞれの飲み物を注文し、静かに時間を過ごした。

 会話は途切れることもあったけれど、その沈黙は決して気まずいものではない。

 むしろ、互いの存在を確かめ合うような、心地よい時間だった。

 ふと、蓮がカップをテーブルに置いた。
その表情は、いつも以上に真剣だ。

 結衣の心臓が、微かに脈打つ。

「結衣さん」

 蓮が、ゆっくりと結衣の手を取った。

 彼の指先は、以前のように震えてはいない。
その温かさが、結衣の不安を溶かしていく。

「君と出会ってから、僕は初めて、本当の自分を受け入れることができた。
完璧じゃない僕を、君は受け入れてくれた」

 蓮の言葉に、結衣は蓮の瞳を見つめ返した。

 彼の瞳の奥には、確かな愛情が宿っている。

「僕は、君の全てを受け止めたい。
不器用なところも、面倒くさがりなところも、全部含めて、君という人間が愛おしい」

 蓮の親指が、結衣の手の甲を優しくなぞる。

 その感触が、結衣の心に温かい波紋を広げていく。

「だから、僕の隣で、君のままでいてほしい。
これからもずっと、僕の隣で、君らしく輝いてほしい」

 蓮は、ポケットから小さなベルベットの箱を取り出した。

 パカッと開かれたそこには、控えめながらも上品な輝きを放つ指輪が収まっている。

 彼の瞳は、真っ直ぐに結衣を見つめ、揺るぎない決意を宿していた。

「僕と、結婚してくれないか」

 蓮の言葉は、まるで澄み切った春の空に響く鐘の音のように、結衣の心に深く刻まれた。
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