『秒速シンデレラ』

第11章：等身大の愛

第57話：私の答え

　蓮の言葉が、カフェの中にこだまする。

　目の前には、控えめに輝く指輪。

　結衣は、一瞬、呼吸すら忘れてしまうほど、その言葉の重みに心を奪われた。

　頭の中では、様々な感情が渦巻く。

　喜び、驚き、そして、かつての自分が「完璧な私」を演じていた頃の記憶。

　あの頃の自分だったら、きっと冷静に、エクレアの指示通りの完璧な返事をしていたに違いない。

　けれど、今の結衣には、そんな思考の余地はなかった。

　ただ、蓮の真っ直ぐな瞳と、彼の手の温かさが、全てだった。

　結衣の目から、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。

　それは、悲しい涙ではない。
これまでの苦しかった日々、偽りの自分を演じていた葛藤、そして、ようやく掴んだ本当の愛。

　その全てが溶け合って、溢れ出てくる、温かい感情の雫だった。

「蓮さん…っ」

　言葉にならない嗚咽が、喉の奥で詰まる。

　それでも、結衣は蓮の顔を見つめ、精一杯の笑顔を作ろうとした。

　唇が震え、頬には涙の筋がいくつも流れている。

　それでも、その笑顔は、これまでのどの「完璧な笑顔」よりも、蓮の心に深く響いた。

　蓮は、結衣の震える手をそっと包み込み、ゆっくりと頷いた。

　彼の瞳にも、わずかに潤みが浮かんでいるように見えた。

「はい…
はいっ！」

　結衣は、何度も、何度も、力強く頷いた。

　声は上ずり、震えていたけれど、その言葉には、偽りのない、彼女の心の全てが込められていた。

　蓮のプロポーズを、全身で受け止める。

　蓮は、結衣の細い指に、そっと指輪をはめた。
指輪が、春の陽光を浴びてキラリと輝く。

　それは、完璧な輝きではない。

　けれど、結衣の指にぴったりと収まり、これまでの道のりを照らすかのように、優しく光っていた。

　結衣は、薬指に輝く指輪を見つめた。

　エクレアが導き出した、理想の結婚。煌びやかな未来。

　そんなものは、今の結衣には必要ない。

　大切なのは、この指輪が象徴する、蓮との揺るぎない絆だった。

　自分の弱さを受け入れ、不器用な自分を晒しても、蓮は全てを受け止めてくれた。

　完璧な自分を演じていた頃には、決して感じることのできなかった、深い安堵と満たされた幸福感が、結衣の胸を満たしていく。

　カフェの窓から見える桜のつぼみは、春の訪れを告げるように、さらに膨らみを増している。

　その柔らかなピンク色が、二人の新しい始まりを祝福しているかのようだった。

　これは、AIが導いた完璧な愛ではない。

　自分の力で掴んだ、等身大の幸せ。

　結衣は、蓮の手をぎゅっと握りしめた。

　これからは、二人で、ゆっくりと、確かな未来を築いていく。

　その決意が、結衣の瞳に、静かに宿っていた。