【完結】『江戸からくり忍者衆 - 裏柳生の奇譚解決ファイル -』

月影 朔

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第3章:江戸の奇談

第10話:からくり見世物団の秘密

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 神田川に浮かんだ光る骸と、その裏に黒鉄衆の影を感じ取った鋼丸は、すぐさま江戸の町に突如現れた「夢幻からくり一座」の調査に乗り出した。

 黒羽の情報によれば、この一座は、奇妙なからくり人形の舞を呼び物にして、連日大入りだという。
特に、夜の興行では、怪しい光を放つ人形が登場すると噂されていた。

 夜の帳が降りた江戸の歓楽街。提灯の明かりが賑やかに揺れる中、ひときわ異彩を放つ大がかりな小屋掛け(こやがけ)がそびえ立っていた。そこが、夢幻からくり一座の興行場所だった。

 小屋掛けの入り口には、奇妙な紋様が描かれた旗が掲げられ、その紋様は、まさに黒鉄衆のものだった。

 鋼丸は、裏柳生の仲間たちと共に、観客に紛れて小屋掛けの中へと足を踏み入れた。

 中は薄暗く、独特の香が漂っている。舞台の中央には、すでに幕が張られ、その向こうからは、鼓動のような「ドクン、ドクン」という低い音が響いていた。

「この音は……まさか!」

 紅が隣で息を呑んだ。
その音は、まるで生き物の心臓の鼓動のようでありながら、どこか機械的な響きを帯びていた。

 鋼丸は、この音が、光る骸から感知した「時計の針の音」の、さらに深い響きであることに気づいた。

 やがて、幕がゆっくりと上がると、舞台には無数のからくり人形が並んでいた。

 人形たちは、それぞれが奇妙な衣装をまとい、顔には感情のない能面をつけている。そして、その中には、神田川で発見された光る骸と酷似した、青白い光を放つ人形も混じっていた。

「見ろ、あれが『空に光る魚』の正体か……」

 轟が唸るような声を上げた。
観客たちは、その幻想的な光景に、驚きと興奮の声を上げていた。しかし、鋼丸たちの目は、その光景の裏に潜む恐ろしい真実を捉えていた。

 その時、舞台の奥から、一座の座長らしき人物が現れた。

 彼は、豪華な衣装をまとっているが、その顔は深い頭巾(ずきん)で隠され、素顔を窺い知ることはできない。しかし、その声は、幽霊長屋で鋼丸が戦った黒鉄衆のリーダーのものと、瓜二つだった。

「ようこそ、皆様!今宵は、夢と幻のからくり舞踏を、心ゆくまでお楽しみくださいませ!」
 座長の言葉を合図に、からくり人形たちが一斉に動き出した。

 彼らは、人間離れした柔軟な動きで舞い踊り、その動きに合わせて、青白い光を放つ人形たちが、舞台上を縦横無尽に飛び交う。
その光は、観客たちの瞳に焼きつき、彼らの表情は次第に生気を失っていくように見えた。

「これは幻術か……?」
 黒羽が隣で呟いた。

 だが、鋼丸は首を横に振った。
「幻術ではない。光る骸から感知した『音』、そしてこの光……。奴らは、この興行を通じて、人々の『生気』を吸い取っているのだ!」

 紅の表情が凍りついた。
「まさか……!夢食い病は、この生気を吸い取ることで、人々の精神を蝕んでいたと……?」

 鋼丸は、座長が持つ扇子が、わずかに脈打っているのを見逃さなかった。

 あの扇子が、この装置を操作している核に違いない。轟もまた、怒りに震えながら拳を握りしめている。

「奴らの目的は、人々の生気を吸い上げ、それらを何かに転用すること。この一座は、そのための大規模な「生気収集装置」なのだ!」

 鋼丸は、座長が持つ扇子が、わずかに脈打っているのを見逃さなかった。あの扇子が、この装置を操作している核に違いない。

「轟殿、観客の避難誘導を頼む!紅殿は、もしもの時の手当てを。黒羽殿は、この一座の逃走経路を塞げ!」
 鋼丸は指示を出すと、舞台へと飛び出した。

「貴様らの悪行、ここで終わりだ、黒鉄衆!」
 鋼丸の登場に、座長の顔が、頭巾の奥で歪んだ。

「裏柳生め、またしても邪魔をするか!だが、もう手遅れだ。我らの計画は、最終段階に入っている!」

 座長は扇子を振ると、舞台上のからくり人形たちが、一斉に鋼丸目掛けて襲いかかってきた。
青白い光を放つ人形たちが、まるで生きた魚のように空中を舞い、鋼丸を取り囲む。

 鋼丸は、からくり刀を構え、その瞳に強い決意を宿した。
目の前の敵を打ち破り、江戸の人々を守る。このからくり見世物団の秘密を暴き、黒鉄衆の恐るべき計画を阻止する。
それこそが、裏柳生に課せられた、そして鋼丸自身の正義だった。
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