【完結】『江戸からくり忍者衆 - 裏柳生の奇譚解決ファイル -』

第4章：黒鉄の忍者団

第13話：裏柳生対黒鉄衆、最初の激突

　盗まれた古文書とからくり部品、そして空飛ぶ「大きな蝙蝠」の影。

　これらの情報から、鋼丸は黒鉄の忍者団が、さらに強力なからくりを完成させようとしていることを確信した。

　黒羽の情報網により、盗まれた積み荷が江戸の外れにある廃寺に運び込まれたという情報がもたらされた。

　月が鈍く輝く夜、鋼丸たちは廃寺へと向かった。廃寺は人里離れた山中にあり、その古びた門は、まるで口を開けた獣のように不気味な影を落としていた。周囲には、異様な緊張感が漂っている。

「ここか……奴らのアジトは」

　轟が唸るような声を上げた。彼の背中には、通常の何倍もある巨大な手裏剣が背負われている。

　紅は、懐から薬草の匂いを放つ丸薬を取り出し、いつでも応急処置ができるよう準備を整えていた。

　黒羽は、廃寺の周囲の地形図を広げ、忍びの動きを正確に予測していた。

「気をつけろ。奴らは以前よりもはるかに手強い」
　鋼丸の言葉に、一同は無言で頷いた。

　廃寺の内部は、静寂に包まれていた。
しかし、その静寂は、鋼丸の鋭い五感を刺激する。微かな金属の軋む音、そして、どこか遠くで聞こえる「カチ、カチ」という、あの時計の針の音。

「ここにいるぞ……！」

　鋼丸が合図を送ると、轟が先陣を切って飛び出した。彼の豪腕から放たれた手裏剣が、廃寺の壁に隠されていた警報からくりを粉砕する。

　同時に、四方八方から、黒鉄の忍者団が姿を現した。彼らは、顔に禍々しい鉄仮面をつけ、手に蛇腹剣や鉄の爪といったからくり武器を携えている。

「裏柳生め、よくぞここまで辿り着いた！」

　鉄仮面忍者団のリーダー格が、不気味な声を上げた。彼は、先の隠れ里襲撃にも現れた、大鎌を携えた男だった。

「貴様らが奪った古文書とからくり部品の目的は何だ！」

　鋼丸が問い詰めると、リーダーは嘲笑った。

「愚問だな。我らが主の偉大な計画のために、全ては必然なのだ。貴様ら、裏柳生が邪魔をするならば、ここで塵と消えるがいい！」

　その言葉を合図に、鉄仮面忍者団が一斉に襲いかかってきた。

「へっ、望むところだぜ！」

　轟が吠え、真っ先に敵陣に飛び込んだ。
彼の豪腕が繰り出す拳は、鉄仮面忍者たちのからくり武器をも粉砕する。
しかし、彼らは数で圧倒し、連携して轟を包囲しようとする。

　紅は、俊敏な動きで敵の攻撃をかわしながら、正確な体術で敵の関節を狙った。

　彼女の動きは優雅でありながらも、その一撃は的確に敵の動きを封じていく。黒羽は、影に潜み、敵の配置やからくりの弱点を見極め、鋼丸に逐一情報を送る。

　そして、鋼丸は、リーダーである大鎌の男と対峙した。男の大鎌は、その一撃で地面を深く抉るほどの威力を持つ。鋼丸は、からくり刀を巧みに操り、大鎌の猛攻を受け流した。

「貴様のからくり技術、見事なものだ。だが、この私には通じん！」

　男は、大鎌の柄に仕込まれたゼンマイを巻き上げると、鎌の刃が高速で回転し始めた。その唸るような音は、周囲の空気を震わせる。

「ほう、見事なからくりだ」

　鋼丸は冷静に称賛しながらも、その目は相手のからくりの弱点を探していた。
高速回転する刃は強力だが、その分、熱を持ち、耐久性に限界があるはずだ。

　鋼丸は、あえて男の間合いに踏み込み、回転する鎌の刃を紙一重でかわす。
そして、その一瞬の隙を突き、からくり刀の先端を、鎌の柄に仕込まれたゼンマイの駆動部へと突き立てた。

　ガキン！バキィン！

　けたたましい金属音が響き渡り、鎌の回転が止まった。男は、信じられないといった表情で、鋼丸を見つめた。

「馬鹿な……このからくりを、ここまで見破るとは！」

　男の動揺を見逃さず、鋼丸はさらに畳み掛けた。

「貴様らのからくりも、人の生み出したもの。必ず弱点がある！」

　鋼丸の言葉は、まるで鋼の意志を宿しているかのようだった。

　彼は、倒れ込んだ男の仮面を剥ぎ取る。その下から現れたのは、驚くほど若い、しかし憎悪に満ちた男の顔だった。

「覚えておけ、裏柳生……。これは、まだ始まりに過ぎぬ。我らが主は、必ずや江戸を……いや、この国を、新たな姿に変える！」

　男はそう言い残すと、口から煙を吐き出し、力なく崩れ落ちた。毒か、あるいは自決用のからくり仕掛けか。鋼丸は、その場に立ち尽くす。

「主……だと？やはり、こいつらは末端に過ぎなかったか……」

　黒鉄の忍者団を退けた鋼丸たちの初陣は、しかし、新たな謎と、より大きな脅威の存在を浮き彫りにした。盗まれた古文書とからくり部品、そして、その裏に潜む「主」と呼ばれる存在。彼らが目指す「新たな国」とは一体何なのか。

　裏柳生の、そして江戸の運命を賭けた戦いは、今、本格的に幕を開けたばかりだった。

　黒鉄の忍者団との最初の激突は、鋼丸たちに勝利をもたらした。しかし、その背後に潜む「主」の存在と、盗まれた古文書の謎は、物語をさらに深淵へと誘う。