【完結】『江戸からくり忍者衆 - 裏柳生の奇譚解決ファイル -』

月影 朔

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第18章:異国の脅威

第58話:異国の港、潜む暗闇

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 漆黒の闇夜を切り裂き、鋼丸たちが乗り込んだ古びた交易船は、静かに異国の港へと滑り込んだ。

 長い航海と、テラ・ノヴァの追撃を振り切った安堵が、彼らの顔に浮かぶ。しかし、その安堵は長くは続かなかった。港町に降り立った彼らの目に飛び込んできたのは、江戸とは全く異なる、異様な光景だった。

 港は、古びた石造りの建物が立ち並び、空気は湿気を帯びて重く、どこか澱んでいた。石畳の道は、湿気と汚れで滑りやすく、行き交う人々の顔には、疲弊と諦めのような感情が浮かんでいる。

 そして、何よりも鋼丸たちの注意を引いたのは、町の至るところに設置された、奇妙なからくり仕掛けの装置だった。

 それは、日本のからくりとは異なり、無骨で実用的、しかしどこか禍々しい雰囲気を纏っていた。街灯代わりのからくり灯篭は、不自然な青白い光を放ち、港に停泊している船には、見たこともない形状のからくりクレーンがうなりを上げていた。人々の生活に溶け込んでいるはずのからくりが、この町ではまるで、人々に重くのしかかる鎖のように感じられた。

「これは……」

 紅が、からくり灯篭の青白い光に照らされた人々の顔を見つめ、眉をひそめた。

「人々の表情が、どこか曇っているわ。からくりの脈動(波動)が、この町全体を覆っているかのようだわ……」

 彼女の言葉に、鋼丸は頷いた。確かに、江戸城で感じたからくりの脈動(波動)の残滓が、この町ではもっと広範囲に、そして深く人々の生活に浸透しているような感覚があった。それは、空気を伝い、石畳を震わせ、人々の心に直接語りかけてくるかのようだった。

 黒羽は、早速情報収集に取り掛かった。町の酒場へと足を踏み入れ、現地の言葉を巧みに操り、人々に紛れて情報を集め始めた。彼の耳には、人々の囁きが聞こえてくる。

「また、誰かが連れて行かれた」「からくり闘技場では、毎晩血が流れている」「テラ・ノヴァの奴らが、俺たちの生活を全て支配している」

 黒羽の顔から、いつものお調子者な表情が消え去り、厳しい現実を直視する真剣な眼差しが宿った。彼は、酒場の片隅で、からくり仕掛けの義手でグラスを傾ける男を見つけた。その男の顔には、深い疲労と諦めが刻まれていた。黒羽は、さりげなく男に近づき、話しかけた。

「兄さん、この町は、随分とからくりが普及しているようだが、皆、あまり楽しそうではないな」

 男は、黒羽の言葉に顔を上げた。その目は、からくりの光を失ったかのように濁っていた。

「楽しむだと? ここはテラ・ノヴァの支配下だ。奴らは、俺たちのからくり技術を奪い、俺たちを奴隷のようにこき使っている。逆らえば、からくり兵器で……」

 男は言葉を濁し、周囲を警戒するように視線を走らせた。その様子から、この町がテラ・ノヴァの恐怖に怯えていることが見て取れた。

 鋼丸と轟は、町の外れにある市場へと向かった。そこでは、からくり仕掛けの運搬機が大量の荷物を運び、からくり人形が商品を並べていた。しかし、その動きはどこかぎこちなく、生命力が感じられない。市場の人々もまた、からくりの便利さに依存しながらも、その陰で何かを恐れているようだった。

「これでは、からくりが人々を幸せにしているとは言えないな……」

 鋼丸が静かに呟いた。彼の言葉には、深い悲しみが込められていた。江戸でからくりは、人々を助け、生活を豊かにする存在だった。しかし、この異国の地では、からくりは支配の道具として悪用されていた。

 その時、市場の一角で、異様な光景が目に飛び込んできた。巨大なからくり兵が、粗暴な動きで人々に命令を下し、それに逆らおうとする者をからくり仕掛けの腕で容赦なく打ち据えていた。

 兵の装甲には、はっきりとテラ・ノヴァの紋様が刻まれている。人々は、恐れおののき、からくり兵の命令に従うしかなかった。

 轟は、その光景を目にし、全身から怒りのオーラを放った。彼の拳が、静かに、しかし力強く握り締められた。

「奴ら……人間の尊厳を、からくりで踏みにじるのか……!」

 鋼丸は、轟の肩に手を置いた。
「轟、今はまだだ。この町で何が起きているのか、もっと詳しく知る必要がある」

 彼らは、テラ・ノヴァがこの港町を拠点とし、からくり技術を完全に掌握していることを肌で感じた。町全体が、巨大なからくりの檻の中に閉じ込められているかのようだった。そして、そのからくりの脈動(波動)は、人々の心までも蝕んでいる。

 黒羽が、酒場から戻ってきた。彼の顔は、怒りと焦燥で歪んでいた。

「鋼丸、紅、轟。この町には『からくり闘技場』がある。テラ・ノヴァは、そこで人々を強制的に戦わせ、からくり兵器の性能を試しているらしい。しかも、そこで負けた人間は……二度と日の目を見ることがないそうだ」

 黒羽の言葉に、轟の顔に怒りの表情がさらに深く刻まれた。
鋼丸もまた、その事実に言葉を失った。日本のからくり技術とは真逆の、人の命を軽んじる行為。それが、テラ・ノヴァの正体なのだと、彼らはこの異国の港町で痛感した。

 彼らの新たな旅路は、想像以上に過酷な現実を突きつけてきた。江戸の平和とはかけ離れた、からくりに支配された異国の闇。鋼丸たちは、この町で、からくり技術の悪用がもたらす悲劇を目の当たりにする。そして、その闇の奥には、彼らが立ち向かうべきテラ・ノヴァの真の目的が、より深く潜んでいることを予感させるのだった。

 彼らの心には、怒りと共に、この町の闇を晴らさなければならないという、強い使命感が芽生えていた。
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