あんなにわかりやすく魅了にかかってる人初めて見た

しがついつか

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魅了解除

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『魅了って何?』
『おとぎ話じゃあるまいし』
『魅了だとしても誰が使ったわけ?』
『そりゃぁ、一番怪しいのは…』


魅了と聞いて、思い当たるのは一つしかない。
食堂中の視線が、ミクシー・ラヴィ―に集まった。

ミクシーは青ざめた顔をしている。

彼女の隣にいた男子生徒が、そっと距離をとった。
同じテーブルにいた3人の男子生徒も、後退りする。
その顔からは、先程まであった彼女への好意が消えている。

周囲にいたミクシーに夢中だった男子生徒も、夢から覚めたような顔をしている。
彼らの心からミクシーを想う気持ちが霧散した。

都合の良いことに、食堂にはミクシーの下僕と化していた男子生徒が、彼女の席の近くに集っていた。
そのためローガンが起動した装置は、彼女によって状態異常にかかっていた生徒を一気に正常化した。
皆、正気に戻ったのだ。




「…なんで…どうして…」
「俺は2カ月間、西大陸の国に留学していたんだ。魔石を使った生活がどういうものなのか見るためにね。その間に、魅了について知る機会があったんだ」
「――っ!」
「留学から帰ってきた日、食堂で男を侍らしている君を見て、まず疑ったのは魅了の魔術だ。惚れ薬も疑ったが人数が多すぎるし、同じ学生とはいえ見知らぬ人間から貰った食品をこの大人数が口にするとは思えない。食堂の料理に混ぜ込んだのなら、女子生徒にも影響が出ているはずだしね。だからすぐ、ローガン先生に相談したんだ」


ローガンはレオナルドの言葉に頷く。


「魅了は西大陸でも長年、問題視されているみたいでね。注意事項として、留学初日に教師から教えられたよ。術者の力量によってかわるらしく、相手への好意がわずかでもないと効果が発揮されないこともあるし、そんなのなくても問答無用で魅了状態にされることもあるってね。魅了にかけられても、術者と離れれば徐々に効果は薄まるらしいが…基本的には術者が解除するか、術者が死ぬまで効果は続くらしい。だから解除の魔道具も一緒に紹介されたよ」


問題視されているのなら、この国でも魅了についての注意事項の周知や、解除の魔道具の導入があってもおかしくないのではないか。
キャロルを含め、幾人かの生徒は疑問に思った。
十数年生きてきて、『魅了』というものを知る機会はない。娯楽小説の中で登場する程度だ。


続くレオナルドの言葉が、その疑問に答えた。


「魅了の術を使える人間が生まれるのは、百年に一度あるかないかの極稀なことらしいから、あらかじめ魔道具を買って備えておいても無駄になることが多いらしい。いざ使おうとしたら故障していたり、魔道具を動かすための魔石がカラになってて動かせなかったりね。だから必要になったタイミングで西大陸から解除の魔道具を仕入れることになる」
「西大陸から購入するために色々と申請が必要でね、手に入れるのに一か月もかかってしまったよ…」


ミクシーはスカートをぎゅっと握り、死刑宣告を受けるような気持でレオナルド達の言葉を聞いていた。

今度はレオナルドにかわって、ローガンが周囲の生徒達に説明を兼ねて話し始めた。


「この魔道具で解除できない場合は正真正銘、ミクシー君がただの魅力的な女の子というだけだったんだけどね。残念ながら、みんな夢から覚めたような顔をしている…。いつもなら私たち教員が君に注意をするだけで、傍にいる男子が何かしら反論してくるんだけど、それもないね」


今まで、男子生徒を引き連れて歩くミクシーに注意をしてきた教員は少なくない。その時は必ず、男子生徒たちが反論した。教師に意見を言うことができない消極的な生徒であっても、彼女を守るために教師に歯向かうのだ。

しかし今、彼女を守ろうとする男子生徒はいない。
それどころか彼女から徐々に距離をとっている。



「さて、と。ミクシー君、行こうか。この後は学園長室で話そう」
「…」
「ミクシーさん、来なさい」


いつの間にか傍に来ていた女性の教員が、ミクシーの肩を抱き、食堂の入り口へと向かう。
彼女たちは食堂の入り口で学園長に合流すると、ミクシーは逃げられないように学園長と教員に挟まれた状態で食堂を出て行った。



「――さて、みんな詳細が気になるだろうけど、今はお昼休みだ。 残りわずかとなってしまったが、まずは食事をとりなさい。学園長からの指示で午後の授業は全学年自習にするから、ゆっくり食事をとってくれて構わない。今日は特別に、昼休み終了後も食堂内にとどまって雑談することが許可されている。図書室や校庭に出ることは許可されていないから、食堂にいたくない場合は、すみやかに教室に戻りなさい。いいね、必ず食堂か教室にいるんだよ」


生徒たちの騒めきに負けないよう、食堂中に聞こえるようにローガンが声を張る。



「先生、ありがとうございました」
「いや。魅了に思い至らなかったことはこちらの落ち度だ。魔道具の入手も遅れてしまって…もう少しで君たちの仲を引き裂くところだったよ…」


実際に『魅了』に思い至らなかったのは、学園側の落ち度だ。
ミクシー・ラヴィが男子生徒に囲まれていることは学園側も認識していた。
しかし授業には支障がないことと、冷静な女子生徒達がミクシーと揉め事を起こすことを避けた結果、学園側が対応するほどの問題が発生しなかった。
教員側には彼女に魅了された者がいなかったこともあり、単なる思春期の少年少女達による恋愛関係のいざこざだと安易に考えられてしまったのだ。


ローガンはレオナルドと、彼に肩を抱かれているナンシーを見る。
魔道具の入手がもっと遅かったら、きっと目の前の生徒二人の仲も引き裂かれてしまっただろう。
そう思うローガンに、レオナルドはふっと笑う。


「俺がナンシーを手放すことなんてありえないです。実際、この一か月間ずっとあの女に接触されてきましたが、俺の心にはずっとナンシーがいました。魅了を使われると自分の意志で自由に動けなくなったけれど、アイツが離れていったり、ナンシーを目にした瞬間、すぐに俺は元に戻れましたよ」
「ほう…それはすごい」
「いや、執着すごすぎでしょ…」


ローガンは素直に驚いていたが、傍で聞いていたエリーは思わず突っ込んでしまった。


「ローガン先生、そろそろ行きましょう」
「あぁ、はい! ――じゃあレオナルド君、私は行くよ。君たちもゆっくり食事をしてくれ」
「はい」


教員から声をかけられて、ローガンは魔道具を抱えて食堂から出て行った。



「――さて、僕たちも食事しようか。時間はあるし、食べ終わってから説明するよ」
「えぇ、そうね」


ナンシーは頷き、レオナルドに腰を抱かれながら食堂のカウンターへと向かう。
キャロルとエリーは顔を見合わせると頷いた。


「私たちもお昼とってこようか」
「うん。まずは腹ごしらえしてからだね」
「あ、よかったら私たちが席とっておくよ。普段どの辺の席に座ってんの?」
「え、いいの! 『指定席』から遠いあの辺りで適当に席とってもらえると助かる」
「わかった」


購買で買ったパンを抱えているアンネとビビが申し出てくれたので、彼女たちに席取りを任せて、エリー達も注文カウンターへと向かった。
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