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春から梅雨
墓参(3)
しおりを挟む瑞鳥の間は、本堂と覚しき広間に突き当たって右に折れた、そのもっと先にあった。
本堂よりは狭いが、参列者が五人の儀式には広すぎる。
そして、既に隆人の家族三人は座布団に座っていた。
始めに遥たちに気がついたのは暁だった。
「凰様!」
暁が座布団を降りた。
それに続き、ブルーグレーの和服の女性と、人形のような真っ直ぐの長い黒髪に淡いベージュに総柄の振袖の少女が同じように座布団を降り、遥に頭を下げた。
「お目もじ叶いまして光栄にございます。
御披露目を無事終えられましたこと、心よりお祝い申し上げます。
わたくしは隆人様の家内、篤子にございます。これなるは長女のかえで、こちらは長男の暁にございます。どうぞ鳳様のこと、なにとぞよろしくお願い申しあげます」
遥は慌てて膝をつき、頭を下げた。
「高遠遥です。よろしくお願いします。お顔をお上げください」
「かたじけのう存じます」
顔を上げた篤子と目が合った。篤子は無表情だった。遥の方から目をそらしてしまった。その時視界に入ったかえでは、遥に興味を持っていないように見えた。
そらした視線の先に祭壇があった。本来なら仏像があるであろう場所には、三幅の軸が掛けられていた。その図柄は左右の軸がそれぞれ鳳と凰、中央の幅の広い軸はむつみ合うよう翼を広げ重ね合ったひとつがいの鳳凰であった。
隆人が耳打ちしてきた。
「一番右の凰の図柄がお前の背にあるものとほぼ同じだ」
遥はその軸を見つめる。
羽ばたきかけ、翼を広げかけてはいるがまだ飛んではいない。首が反るように伸ばされ、華麗な尾羽が広がりつつ弧を描いている。
「皆様、お時間にございます」
慶浄に付き添う若い僧侶が告げた。
隆人に促され、加賀谷家の三人の前の座布団に座った。
一段高くなった礼盤に正座した慶浄が古びた和綴じの本を開く。
「皆様もお手元の御本をお開きください」
慶浄の斜め後ろには若い僧が同じように経本を開いている。遥たちも手に取った。そして慶浄が張りのある声で木魚の音に合わせて読み出した。
「古より伝えられし鳳凰の御力に因りて我ら一同守護されたまいき。その御恩を今より後も永久に伝えるものとす」
経のような抑揚で続いて読み上げられるのは、あの伝説だ。絶望の淵にいた男がまばゆい衣をまとった男と出会うところから始まる加賀谷の歴史そのものだ。
経は鳳凰の誓詞にさしかかった。
「凰は人に非ず。鳳に捧げられし供物なり。供物なればこの身いかように扱われんともそをゆるさん。鳳、吾を愛で慈しむれば、鳳に従い、仕え、鳳の願いし旨を我が望みとし、その叶うをともに願おうぞ」
視線を感じて隣を向いた。隆人が小さく頷いた。
「鳳は人に非ず。凰を捧げられし神獣の雄なり。雄なれば雌たる凰を得、雌雄そろいて鳳凰となる。真の力をふるいて、己が望み叶うを凰とともに願おうぞ」
更に経は続き、やがて最後の部分となった。隆人の家族も唱和する。
「新なる凰、鳳によく従い鳳に愛でられ、鳳と凰の和合を体現す。鳳凰の和合ある限り鳳は凰の守護を受くること能わん。鳳、凰の守護受くる限り我ら一同は鳳の守護を与えられん。ゆえに鳳凰の和合な失いたまいそ。我らが弥栄望みし者共、心してこのつがいのおおとりに仕えよ。
我らが鳳凰のとこしえなるを願わん」
鐘がごぉんと打ち鳴らされた。
慶浄がにこにこと遥たちに「お疲れ様でございました」と告げた。
「それでは、加賀谷様のお墓にて、歴代の鳳様凰様にお参りを致しましょう」
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