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第一章
誰がために今日はある
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アナスタシアの体調の優れない日々が続く中、帝国と北部アドラー大公家の間で協議が進められ、婚約が交わされた。婚儀の日程が決められ、それに伴う儀式も進められることになる。
帝国の掟として結婚を控えた皇族は、自ら大神殿に赴き神に結婚の報告をする。そして一週間かけて祈りを捧げなければならない。
神殿参拝の日が決まり、準備を進める中、ステファンはアナスタシアに呼び出された。
夕食後の急な呼び出しに、ステファンは何事かとアナスタシアの部屋へ向かった。ノックをして部屋に入ると、月の明かりが灯る窓辺に、アナスタシアの後ろ姿が見える。ステファンが声をかけると、アナスタシアはゆっくりと振り返った。
「ステファン、準備の方は順調?」
「はい、同行する人員の調整、各所への報告と挨拶回りも終わりました。備品の運搬も済んでおります」
「ご苦労だったわね。……いよいよ、ここまできてしまった」
アナスタシアの憂いを帯びた横顔は美しい。思わず守ってあげたくなるほど、か弱く儚いものに見えた。
「大公殿下とお会いして、とても心を通わせることなどできないと感じたの。まるで人ではない、ナニカよ。隣に立つだけで足が震えてしまう。魔獣を殺し過ぎて、同化してしまったのよ。人のカタチを辛うじて保っているような……美しい皮をかぶった恐ろしい化け物に見えた」
「そんな……それは違います。確かに常人とは思えない存在感がありましたけれど、私のような者にも心を配っていただき、優しい方だと思いましたが……」
「お前が結婚するわけではないものね。私の気持ちは分からないわ!」
精神的に限界を迎えているのか、アナスタシアは珍しく声を荒げた。すぐにハッとした顔になり、自分の口を手で押さえる。
「ごめんなさい。こんなことを言うつもりではなかったの」
「いえ、私が悪いのです。大変申し訳ございません。殿下に反論するなど、許されないことをしてしまいました」
頭を下げたステファンも混乱していた。アナスタシアの意見に反論したことなどない。いつもアナスタシアの意向に沿うような言葉を選んできたはずだ。それが、リュシアンの話になった時、化け物という言葉がどうしても納得できなかった。魔獣討伐は国民の平和を守るための重要な任務である。残酷だと評されることもあるが、北部のおかげで人々は安心して暮らせるのだ。それにリュシアンは、ステファンの心に光を与えてくれた。
だから、いくらアナスタシアの意見でも賛同することができない。
「頭を上げて、ステファン。お前をここに呼んだのは、大事な話があるからなの」
「はい……」
いつもと違う空気に、ステファンはゴクリと唾を飲み込む。顔を上げると、アナスタシアは覚悟を決めたように微笑んでいた。結婚は嫌だと言い続けてきたアナスタシアが、久々に見せる笑顔。その奥に何があるのか、背筋に緊張が走る。
「出てきて」
アナスタシアが部屋の隅に声をかけると、本棚の奥から人影が現れた。
「アルフレッド!」
どこから進入したのか、アナスタシアの自室に担当ではない騎士が潜んでいるなど大変な事態だ。アルフレッドもアナスタシアと同じく、真剣な顔をしている。そこでステファンは少し開いた窓に気がついた。
「お前……まさか、この部屋に窓から出入りしていたのか!?」
「申し訳ございません」
「ステファン、アルを責めないで。下階警備の時だけよ。私がロープを垂らしたの」
「そうではなく! このことが知られたら大問題に――」
「もういいのよ!!」
アルフレッドに掴みかかったステファンだったが、アナスタシアの悲痛な声を聞き、殴ろうとした手を止める。
「こんな暮らし、もう限界なの。どこへ行っても私は籠の鳥。アルは私に世界が大きいことを教えてくれた。このまま北部に行っても、幸せになんてなれない。死ぬことも考えたけれど、それなら最後の希望にかけてみたい。アルと一緒に……逃げたいの」
どこかで、アナスタシアがそう言い出すのではないかと考えていた。力をこめていた腕を下ろし、アルフレッドを解放したステファンは額に手を当てる。
「港まで辿り着ければ船が出ております。ハイネルランドまで逃げ延びれば、帝国の手も届きません。アナスタシアと一緒に生きていきたいのです」
「ステファンは何も知らなかったことにして。神殿参拝から帰る日、二人で手薄な警備の隙をついて逃げる計画よ」
ステファンは、神殿参拝の警備兵リストに、アルフレッドの名前が入っていたことに気づいた。許可が出た予算は最低限で、報酬もほとんどなく、志願者は優先して採用されたのだ。
「お願い、貴方だけが頼りなの……」
アナスタシアの宝石のような目から涙がポロリと零れ落ちる。あまりに美しいその光景に、胸が痛んだ。
無謀な計画がもし成功したとして、アナスタシア専属の護衛騎士であるステファンが、何も知らなかったですまされるはずがない。皇女の逃亡を幇助した罪で死罪になることは確実だ。
ステファンは目を閉じた。
呼吸が乱れたのはほんの少し。何をすべきか思い出せと自分に問いかける。アナスタシアが決断するのを待っていた。それがなんであっても、アナスタシアの幸せのため、自分は命をかけようと決めたはずだ。
『今度は自分の番ではないのか?』
ステファンの頭に、リュシアンの声が響いた。
フッと笑ったステファンは、息を吸い込んでから目を開ける。
「分かりました。ただ、私にも協力させてください」
「ステファン!? そんなっ、巻き込みたくはないわ」
「寂しいことを言わないでください。私は殿下の護衛騎士です」
「ステファン……」
ステファンは床に膝をつき、アナスタシアの手に触れ甲へ口付けた。
「私にお任せください」
最後まで、貴方のお役に立ちたい。
安心した表情になり微笑むアナスタシアを見ながら、ステファンはそう頭の中で繰り返した。
ガラガラと音を立てながら馬車は森の中を突き進む。皇女宮の正門を出てから一日経った。馬車の周りを馬に乗った騎士が囲み、向かうのは帝都の東にある神山だ。神に一番近い場所と呼ばれ、山頂には大神殿がある。
神山に入山できるのは王族と神官のみと決められており、麓まで神官が迎えに来て、アナスタシアを連れて行くのだ。
道中はステファンが指揮官となり、他の騎士や兵を束ねている。
ステファンは周囲を警戒し、指示を出しながら馬を走らせた。これが最後の旅になる。そう思うと、見慣れた光景も違って見える。
皇帝は、アナスタシアのために金をかけることを渋ったようだ。旧式の馬車に、少ない警備、世話人も最小限という、皇族の移動とは思えないほど質素だ。
しかし、それこそ狙っていた通りのものだった。決行は、アナスタシアとアルフレッドが考えた通り、帰りの道中を予定している。
行きと帰りでは緊張感と警戒度が違うからだ。
二人はただ走って逃げるという、無謀な作戦を立てていたので、ステファンが修正を加えた。
何度も頭の中で起こりうる状況を想定して考える。重要なのは天候だ。雨が降っていたら成功率はぐんと低くなる。大丈夫だと手に力をこめ、ステファンは手綱を引く。
途中まで進んだあたりで、先導していた騎士が戻ってきた。
「どうした? 何かあったのか?」
「それが……丘の上に人影が……」
「なんだって!? 戝か?」
「い、いえ……それが……」
部下が何やら言いにくそうな顔をして、目を泳がせる。
「旗が……アドラー家の旗が見えました」
「アドラー家だって?」
神殿参拝は皇族の行事で、婚約相手だといっても、関与しないはずだ。すでに皇都からは離れており、周囲には何もないただの森が広がっている。見送りにしては遅すぎるのではないかと首を傾げた。
「俺が確認に行く。馬車を止め、警戒態勢で待つように」
部下に指示を出して、ステファンは馬を走らせた。開けた空間に出ると、小高い山の上に人影があった。ヒラヒラと風になびいている銀色狼の旗は、北部アドラー家のものに間違いない。
嫌な予感しかない。旗の揺れに手招きされているように思える。途中で馬を下りて引きながら、旗を目指して丘を上っていくと、信じられない光景があった。
「ああ、ステファンじゃないか。こんなところで奇遇だな」
「……大公殿下。こんなところで何をされていらっしゃるのですか?」
「見て分からないか? 天気がいいから、ピクニックだ」
「はい?」
周囲が見渡せる丘の上には、リュシアンと侍従のギルバート、その後ろに北部の騎士が数名待機している。リュシアンは敷布の上に寝そべり、優雅に葡萄酒を飲んでいた。近くに置いてあるバスケットの中には、パンが入っているのが見える。
「確かに……ピクニック……ですね」
「そうだ。北部の森で、のんびりできるような場所はないからな」
一瞬納得しそうにステファンだが、ありえないと首を振る。
「ステファンこそ、なぜここへ来たんだ? 皇女の神殿参拝に行くと聞いていたが……」
「……ええ、その任務です」
「まさか! そんな偶然があるのか!」
リュシアンの驚いた顔がいかにも作り物に見える。
何を考えているのか知らないが、こんな場所で鉢合わせるなど、待ち伏せしていたとしか思えない。アナスタシアに会いたいとでも思ったのだろうか。
「……それでは、私は急ぐので」
「待て」
構っている暇などない。けれど、太公を無下に扱うことなどできず、仕方なくステファンは足を止める。振り返ると、リュシアンは満面の笑みをたたえていた。
「せっかく会えたのだから、同行しよう」
「そ、それは……、そう言った前例はなく……」
「禁止されているわけではないだろう。北部でなくとも、稀に人の手が入らないところに魔獣が出現することがある。我が婚約者を心配しているんだ」
「いや、しかし……えっ、ちょっと!」
ステファンがどう断ろうかと考えている間に、サッと辺りは片付けられて、いつでも動ける状態になってしまう。リュシアンのさぁ行こうという掛け声で、みんな馬に乗る。全員合わせたのかのように、目を輝かせ付いて行く気満々だ。
どうしたものかとステファンは項垂れる。こんなことは予想していなかった。リュシアン一行が一緒にいたら、ステファンの考えた計画は崩れてしまう。
「どうした? 皇女に挨拶がしたい。一緒に来てくれ」
駆け落ち計画を悟られないよう、無難に行事をこなしているところを見せるしかない。
緊張でバクバクと揺れる心臓とは違い、ステファンは穏やかな笑顔を作り、案内しますと言って馬に乗った。
帝国の掟として結婚を控えた皇族は、自ら大神殿に赴き神に結婚の報告をする。そして一週間かけて祈りを捧げなければならない。
神殿参拝の日が決まり、準備を進める中、ステファンはアナスタシアに呼び出された。
夕食後の急な呼び出しに、ステファンは何事かとアナスタシアの部屋へ向かった。ノックをして部屋に入ると、月の明かりが灯る窓辺に、アナスタシアの後ろ姿が見える。ステファンが声をかけると、アナスタシアはゆっくりと振り返った。
「ステファン、準備の方は順調?」
「はい、同行する人員の調整、各所への報告と挨拶回りも終わりました。備品の運搬も済んでおります」
「ご苦労だったわね。……いよいよ、ここまできてしまった」
アナスタシアの憂いを帯びた横顔は美しい。思わず守ってあげたくなるほど、か弱く儚いものに見えた。
「大公殿下とお会いして、とても心を通わせることなどできないと感じたの。まるで人ではない、ナニカよ。隣に立つだけで足が震えてしまう。魔獣を殺し過ぎて、同化してしまったのよ。人のカタチを辛うじて保っているような……美しい皮をかぶった恐ろしい化け物に見えた」
「そんな……それは違います。確かに常人とは思えない存在感がありましたけれど、私のような者にも心を配っていただき、優しい方だと思いましたが……」
「お前が結婚するわけではないものね。私の気持ちは分からないわ!」
精神的に限界を迎えているのか、アナスタシアは珍しく声を荒げた。すぐにハッとした顔になり、自分の口を手で押さえる。
「ごめんなさい。こんなことを言うつもりではなかったの」
「いえ、私が悪いのです。大変申し訳ございません。殿下に反論するなど、許されないことをしてしまいました」
頭を下げたステファンも混乱していた。アナスタシアの意見に反論したことなどない。いつもアナスタシアの意向に沿うような言葉を選んできたはずだ。それが、リュシアンの話になった時、化け物という言葉がどうしても納得できなかった。魔獣討伐は国民の平和を守るための重要な任務である。残酷だと評されることもあるが、北部のおかげで人々は安心して暮らせるのだ。それにリュシアンは、ステファンの心に光を与えてくれた。
だから、いくらアナスタシアの意見でも賛同することができない。
「頭を上げて、ステファン。お前をここに呼んだのは、大事な話があるからなの」
「はい……」
いつもと違う空気に、ステファンはゴクリと唾を飲み込む。顔を上げると、アナスタシアは覚悟を決めたように微笑んでいた。結婚は嫌だと言い続けてきたアナスタシアが、久々に見せる笑顔。その奥に何があるのか、背筋に緊張が走る。
「出てきて」
アナスタシアが部屋の隅に声をかけると、本棚の奥から人影が現れた。
「アルフレッド!」
どこから進入したのか、アナスタシアの自室に担当ではない騎士が潜んでいるなど大変な事態だ。アルフレッドもアナスタシアと同じく、真剣な顔をしている。そこでステファンは少し開いた窓に気がついた。
「お前……まさか、この部屋に窓から出入りしていたのか!?」
「申し訳ございません」
「ステファン、アルを責めないで。下階警備の時だけよ。私がロープを垂らしたの」
「そうではなく! このことが知られたら大問題に――」
「もういいのよ!!」
アルフレッドに掴みかかったステファンだったが、アナスタシアの悲痛な声を聞き、殴ろうとした手を止める。
「こんな暮らし、もう限界なの。どこへ行っても私は籠の鳥。アルは私に世界が大きいことを教えてくれた。このまま北部に行っても、幸せになんてなれない。死ぬことも考えたけれど、それなら最後の希望にかけてみたい。アルと一緒に……逃げたいの」
どこかで、アナスタシアがそう言い出すのではないかと考えていた。力をこめていた腕を下ろし、アルフレッドを解放したステファンは額に手を当てる。
「港まで辿り着ければ船が出ております。ハイネルランドまで逃げ延びれば、帝国の手も届きません。アナスタシアと一緒に生きていきたいのです」
「ステファンは何も知らなかったことにして。神殿参拝から帰る日、二人で手薄な警備の隙をついて逃げる計画よ」
ステファンは、神殿参拝の警備兵リストに、アルフレッドの名前が入っていたことに気づいた。許可が出た予算は最低限で、報酬もほとんどなく、志願者は優先して採用されたのだ。
「お願い、貴方だけが頼りなの……」
アナスタシアの宝石のような目から涙がポロリと零れ落ちる。あまりに美しいその光景に、胸が痛んだ。
無謀な計画がもし成功したとして、アナスタシア専属の護衛騎士であるステファンが、何も知らなかったですまされるはずがない。皇女の逃亡を幇助した罪で死罪になることは確実だ。
ステファンは目を閉じた。
呼吸が乱れたのはほんの少し。何をすべきか思い出せと自分に問いかける。アナスタシアが決断するのを待っていた。それがなんであっても、アナスタシアの幸せのため、自分は命をかけようと決めたはずだ。
『今度は自分の番ではないのか?』
ステファンの頭に、リュシアンの声が響いた。
フッと笑ったステファンは、息を吸い込んでから目を開ける。
「分かりました。ただ、私にも協力させてください」
「ステファン!? そんなっ、巻き込みたくはないわ」
「寂しいことを言わないでください。私は殿下の護衛騎士です」
「ステファン……」
ステファンは床に膝をつき、アナスタシアの手に触れ甲へ口付けた。
「私にお任せください」
最後まで、貴方のお役に立ちたい。
安心した表情になり微笑むアナスタシアを見ながら、ステファンはそう頭の中で繰り返した。
ガラガラと音を立てながら馬車は森の中を突き進む。皇女宮の正門を出てから一日経った。馬車の周りを馬に乗った騎士が囲み、向かうのは帝都の東にある神山だ。神に一番近い場所と呼ばれ、山頂には大神殿がある。
神山に入山できるのは王族と神官のみと決められており、麓まで神官が迎えに来て、アナスタシアを連れて行くのだ。
道中はステファンが指揮官となり、他の騎士や兵を束ねている。
ステファンは周囲を警戒し、指示を出しながら馬を走らせた。これが最後の旅になる。そう思うと、見慣れた光景も違って見える。
皇帝は、アナスタシアのために金をかけることを渋ったようだ。旧式の馬車に、少ない警備、世話人も最小限という、皇族の移動とは思えないほど質素だ。
しかし、それこそ狙っていた通りのものだった。決行は、アナスタシアとアルフレッドが考えた通り、帰りの道中を予定している。
行きと帰りでは緊張感と警戒度が違うからだ。
二人はただ走って逃げるという、無謀な作戦を立てていたので、ステファンが修正を加えた。
何度も頭の中で起こりうる状況を想定して考える。重要なのは天候だ。雨が降っていたら成功率はぐんと低くなる。大丈夫だと手に力をこめ、ステファンは手綱を引く。
途中まで進んだあたりで、先導していた騎士が戻ってきた。
「どうした? 何かあったのか?」
「それが……丘の上に人影が……」
「なんだって!? 戝か?」
「い、いえ……それが……」
部下が何やら言いにくそうな顔をして、目を泳がせる。
「旗が……アドラー家の旗が見えました」
「アドラー家だって?」
神殿参拝は皇族の行事で、婚約相手だといっても、関与しないはずだ。すでに皇都からは離れており、周囲には何もないただの森が広がっている。見送りにしては遅すぎるのではないかと首を傾げた。
「俺が確認に行く。馬車を止め、警戒態勢で待つように」
部下に指示を出して、ステファンは馬を走らせた。開けた空間に出ると、小高い山の上に人影があった。ヒラヒラと風になびいている銀色狼の旗は、北部アドラー家のものに間違いない。
嫌な予感しかない。旗の揺れに手招きされているように思える。途中で馬を下りて引きながら、旗を目指して丘を上っていくと、信じられない光景があった。
「ああ、ステファンじゃないか。こんなところで奇遇だな」
「……大公殿下。こんなところで何をされていらっしゃるのですか?」
「見て分からないか? 天気がいいから、ピクニックだ」
「はい?」
周囲が見渡せる丘の上には、リュシアンと侍従のギルバート、その後ろに北部の騎士が数名待機している。リュシアンは敷布の上に寝そべり、優雅に葡萄酒を飲んでいた。近くに置いてあるバスケットの中には、パンが入っているのが見える。
「確かに……ピクニック……ですね」
「そうだ。北部の森で、のんびりできるような場所はないからな」
一瞬納得しそうにステファンだが、ありえないと首を振る。
「ステファンこそ、なぜここへ来たんだ? 皇女の神殿参拝に行くと聞いていたが……」
「……ええ、その任務です」
「まさか! そんな偶然があるのか!」
リュシアンの驚いた顔がいかにも作り物に見える。
何を考えているのか知らないが、こんな場所で鉢合わせるなど、待ち伏せしていたとしか思えない。アナスタシアに会いたいとでも思ったのだろうか。
「……それでは、私は急ぐので」
「待て」
構っている暇などない。けれど、太公を無下に扱うことなどできず、仕方なくステファンは足を止める。振り返ると、リュシアンは満面の笑みをたたえていた。
「せっかく会えたのだから、同行しよう」
「そ、それは……、そう言った前例はなく……」
「禁止されているわけではないだろう。北部でなくとも、稀に人の手が入らないところに魔獣が出現することがある。我が婚約者を心配しているんだ」
「いや、しかし……えっ、ちょっと!」
ステファンがどう断ろうかと考えている間に、サッと辺りは片付けられて、いつでも動ける状態になってしまう。リュシアンのさぁ行こうという掛け声で、みんな馬に乗る。全員合わせたのかのように、目を輝かせ付いて行く気満々だ。
どうしたものかとステファンは項垂れる。こんなことは予想していなかった。リュシアン一行が一緒にいたら、ステファンの考えた計画は崩れてしまう。
「どうした? 皇女に挨拶がしたい。一緒に来てくれ」
駆け落ち計画を悟られないよう、無難に行事をこなしているところを見せるしかない。
緊張でバクバクと揺れる心臓とは違い、ステファンは穏やかな笑顔を作り、案内しますと言って馬に乗った。
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