156 / 177
第九章 在るべき姿の世界
第百四十六話 讃歌
しおりを挟む
マーズさんは拳を振り上げたまま、その場に立ち尽くしている。
「マーズさん!」
「マーズ!……マーズ?」
「マーズお姉ちゃん!」
「マーズ!大丈夫なのかァ!?しっかりしろ!オイ!」
こちらの呼びかけに反応は返ってこない。
ロディアが呼び出した革命団残党の死体も動きを止めたのか、先生達もマーズさんの側へ駆け寄るが、立ったままのマーズさんが、一言でも言葉を発することは無かった。
どこからともなく、暖かい風が吹く。
雪山の奥地とは思えない程の、触れるだけで安心するような風。
「皆……ありがとう。私は、ここまでのようだ」
その風に乗り、マーズさんの幻が空へと昇っていく。
「マーズ!どうして……!」
ガラテヤ様は空へ手を伸ばすが、決して届くことは無い。
「私は父の力に頼らない、本当の騎士を目指していた。だが……それは叶わなかったようだ」
「マーズお姉ちゃん……そんな、そんな……!」
「騎士になれなかっただとォ!?ふざけたこと言ってんじゃァねェッ!」
「え……?」
「マーズ!お前は、確かに騎士だった!俺もこのチビも、他の奴らも!今この瞬間、お前がいなくっちゃァ、このクソ悪魔に勝てたか分からねェ!お前はオレ達を!この世界を、悪魔から守ったんだ!」
「バグラディ……そ、そうか。なんだか……照れるな。気がつけば良いとこ無しだった私が、そう言ってもらえるとは」
「誇れ!お前は立派な騎士だ!二度と、騎士になれなかったなんて言うなァ!オレが憧れたお前は、そんな情けねェ女じゃァなかった!」
「……そうか。ありがとう、バグラディ。とても嬉しいよ」
マーズさんの幻は微笑み、少しだけ地上へ降りてくる。
「……あァ、あぁ……クソッ!クソッ!!!」
バグラディは膝と肩を落とし、地面に伏せて、拳を積もる雪の上に叩きつけた。
「グ、グガ……ふ、ふふ……いやあ、やられたよ。やられた。ははっ」
「なっ!?」
一方、粉々に砕け散ったロディアは、それでも霊体を辛うじて残したまま、地に伏せている。
「ああ、安心して。これで僕は、すっかり死体みたいなものになっちゃった訳だ。悪魔としてこの世界に干渉する力は、すっかり無くなってしまった。あとは消えるのを待つだけの、ただの死体だよ」
「しぶとい奴……!ロディア!」
俺はナナシちゃんの刀を抜き、霊の力を込めようとする。
「おおっと、もう無駄だよ。僕はもう、この世界においては殺されたんだ。死人を殴っても、もうこれ以上は殺せないだろう?この霊体が消滅したら、別の世界で細々と暮らすよ。はは、あっはっはっは……」
ここまでボロボロになりながらも、やはり悪魔であるが故に、一つの世界で死んだところで大した影響は無いのか、口角を上げて笑うロディア。
「……どうやら私は、もう一仕事しなければならないみたいだ」
しかしマーズさんの幻は、朽ちた霊体と化したロディアの首根っこを掴む。
「な、ちょっ、何のつもりだい、マーズ!ただの死人が、僕に……!」
そしてマーズさんは、そのまま再び宙へと向かっていった。
「コイツは、私が死の向こう側へ連れて行く。どの道、これではもう、本当にこの世界にコイツが関わることは出来ないだろうが……念のためだ」
「おい、やめろ!何を」
「もしも死後の世界があるとして、意識が入ったまま死体……コイツの場合は霊体を、悪魔ではなく神や人類のテリトリーに封じ込めたら……その霊体は無事に、他の世界に行けるのか……試してみるよ」
もしもロディアが、悪魔マルコシアスの本体から分裂した、いわゆるアバターのようなものだとすれば。
そのアバターに意識を封じ込めてしまえば、悪魔マルコシアスは永遠に動けないと、そういうことだろう。
ゲーム感覚で世界を喰い貪っていたら、ゲームのタイトル画面から永遠に出れなくなってしまいましたと、まさしく世界の外から来た悪魔らしい末路ではないだろうか。
「や、やめろ!やめるんだ、マーズ・バーン・ロックスティラ!僕はもうボロボロだ!君の言う通り、もうこの世界に干渉できる力は残っていない!だったら、それで良いじゃあないか!悪魔マルコシアスとしての僕は、別の世界を餌場にして暮らすさ!だから、その手を……!」
「ふふっ。断る」
「そんな……!」
すっかり透けてしまった手足を振り回して抵抗するロディアだったが、マーズさんは構わず、雲の隙間に向かって飛び立つ。
「さようならだ、皆。この世界に何が起こるか、コイツが言っていた天国とやらは、私には分からないが……何が起きても、私は皆を応援している。後は……任せた。父を、頼む」
「マーズさん……」
「……ええ、分かったわ、マーズ。その言葉、確かに受け取った」
「マーズお姉ちゃん!!!また、また……!いつか……!」
「チッ……!マーズ!いなくなった後も、意識があるなら!元気でなァ!オレ達のこと、死んでも忘れるなよ!!!」
「……マーズ様、ご立派でございました」
「そ、そんな……悲しすぎるわよ、こんなこと……!」
「いつになっても、慣れないものね。目の前で、自分が治してきた学生が死ぬというのは」
マーズさんはロディアを引きずりながら、天へと昇る。
「……じゃあな、マーズ」
俺達が彼女を、この日を忘れることは無い。
果てにて、世界に巣食う悪魔を葬った騎士がいたことを。
雪景色の中で、やけに暖かい風が吹いていたことを。
偉大なる騎士にして、俺達の友人、マーズ・バーン・ロックスティラは。
この瞬間をもって、その人生に幕を下ろしたのだった。
「マーズさん!」
「マーズ!……マーズ?」
「マーズお姉ちゃん!」
「マーズ!大丈夫なのかァ!?しっかりしろ!オイ!」
こちらの呼びかけに反応は返ってこない。
ロディアが呼び出した革命団残党の死体も動きを止めたのか、先生達もマーズさんの側へ駆け寄るが、立ったままのマーズさんが、一言でも言葉を発することは無かった。
どこからともなく、暖かい風が吹く。
雪山の奥地とは思えない程の、触れるだけで安心するような風。
「皆……ありがとう。私は、ここまでのようだ」
その風に乗り、マーズさんの幻が空へと昇っていく。
「マーズ!どうして……!」
ガラテヤ様は空へ手を伸ばすが、決して届くことは無い。
「私は父の力に頼らない、本当の騎士を目指していた。だが……それは叶わなかったようだ」
「マーズお姉ちゃん……そんな、そんな……!」
「騎士になれなかっただとォ!?ふざけたこと言ってんじゃァねェッ!」
「え……?」
「マーズ!お前は、確かに騎士だった!俺もこのチビも、他の奴らも!今この瞬間、お前がいなくっちゃァ、このクソ悪魔に勝てたか分からねェ!お前はオレ達を!この世界を、悪魔から守ったんだ!」
「バグラディ……そ、そうか。なんだか……照れるな。気がつけば良いとこ無しだった私が、そう言ってもらえるとは」
「誇れ!お前は立派な騎士だ!二度と、騎士になれなかったなんて言うなァ!オレが憧れたお前は、そんな情けねェ女じゃァなかった!」
「……そうか。ありがとう、バグラディ。とても嬉しいよ」
マーズさんの幻は微笑み、少しだけ地上へ降りてくる。
「……あァ、あぁ……クソッ!クソッ!!!」
バグラディは膝と肩を落とし、地面に伏せて、拳を積もる雪の上に叩きつけた。
「グ、グガ……ふ、ふふ……いやあ、やられたよ。やられた。ははっ」
「なっ!?」
一方、粉々に砕け散ったロディアは、それでも霊体を辛うじて残したまま、地に伏せている。
「ああ、安心して。これで僕は、すっかり死体みたいなものになっちゃった訳だ。悪魔としてこの世界に干渉する力は、すっかり無くなってしまった。あとは消えるのを待つだけの、ただの死体だよ」
「しぶとい奴……!ロディア!」
俺はナナシちゃんの刀を抜き、霊の力を込めようとする。
「おおっと、もう無駄だよ。僕はもう、この世界においては殺されたんだ。死人を殴っても、もうこれ以上は殺せないだろう?この霊体が消滅したら、別の世界で細々と暮らすよ。はは、あっはっはっは……」
ここまでボロボロになりながらも、やはり悪魔であるが故に、一つの世界で死んだところで大した影響は無いのか、口角を上げて笑うロディア。
「……どうやら私は、もう一仕事しなければならないみたいだ」
しかしマーズさんの幻は、朽ちた霊体と化したロディアの首根っこを掴む。
「な、ちょっ、何のつもりだい、マーズ!ただの死人が、僕に……!」
そしてマーズさんは、そのまま再び宙へと向かっていった。
「コイツは、私が死の向こう側へ連れて行く。どの道、これではもう、本当にこの世界にコイツが関わることは出来ないだろうが……念のためだ」
「おい、やめろ!何を」
「もしも死後の世界があるとして、意識が入ったまま死体……コイツの場合は霊体を、悪魔ではなく神や人類のテリトリーに封じ込めたら……その霊体は無事に、他の世界に行けるのか……試してみるよ」
もしもロディアが、悪魔マルコシアスの本体から分裂した、いわゆるアバターのようなものだとすれば。
そのアバターに意識を封じ込めてしまえば、悪魔マルコシアスは永遠に動けないと、そういうことだろう。
ゲーム感覚で世界を喰い貪っていたら、ゲームのタイトル画面から永遠に出れなくなってしまいましたと、まさしく世界の外から来た悪魔らしい末路ではないだろうか。
「や、やめろ!やめるんだ、マーズ・バーン・ロックスティラ!僕はもうボロボロだ!君の言う通り、もうこの世界に干渉できる力は残っていない!だったら、それで良いじゃあないか!悪魔マルコシアスとしての僕は、別の世界を餌場にして暮らすさ!だから、その手を……!」
「ふふっ。断る」
「そんな……!」
すっかり透けてしまった手足を振り回して抵抗するロディアだったが、マーズさんは構わず、雲の隙間に向かって飛び立つ。
「さようならだ、皆。この世界に何が起こるか、コイツが言っていた天国とやらは、私には分からないが……何が起きても、私は皆を応援している。後は……任せた。父を、頼む」
「マーズさん……」
「……ええ、分かったわ、マーズ。その言葉、確かに受け取った」
「マーズお姉ちゃん!!!また、また……!いつか……!」
「チッ……!マーズ!いなくなった後も、意識があるなら!元気でなァ!オレ達のこと、死んでも忘れるなよ!!!」
「……マーズ様、ご立派でございました」
「そ、そんな……悲しすぎるわよ、こんなこと……!」
「いつになっても、慣れないものね。目の前で、自分が治してきた学生が死ぬというのは」
マーズさんはロディアを引きずりながら、天へと昇る。
「……じゃあな、マーズ」
俺達が彼女を、この日を忘れることは無い。
果てにて、世界に巣食う悪魔を葬った騎士がいたことを。
雪景色の中で、やけに暖かい風が吹いていたことを。
偉大なる騎士にして、俺達の友人、マーズ・バーン・ロックスティラは。
この瞬間をもって、その人生に幕を下ろしたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
レベルアップは異世界がおすすめ!
まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。
そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。
幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜
霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……?
生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。
これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。
(小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)
転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜
上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】
普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。
(しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます)
【キャラクター】
マヤ
・主人公(元は如月真也という名前の男)
・銀髪翠眼の少女
・魔物使い
マッシュ
・しゃべるうさぎ
・もふもふ
・高位の魔物らしい
オリガ
・ダークエルフ
・黒髪金眼で褐色肌
・魔力と魔法がすごい
【作者から】
毎日投稿を目指してがんばります。
わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも?
それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。
やさしい異世界転移
みなと
ファンタジー
妹の誕生日ケーキを買いに行く最中 謎の声に導かれて異世界へと転移してしまった主人公
神洞 優斗。
彼が転移した世界は魔法が発達しているファンタジーの世界だった!
元の世界に帰るまでの間優斗は学園に通い平穏に過ごす事にしたのだが……?
この時の優斗は気付いていなかったのだ。
己の……いや"ユウト"としての逃れられない定めがすぐ近くまで来ている事に。
この物語は 優斗がこの世界で仲間と出会い、共に様々な困難に立ち向かい希望 絶望 別れ 後悔しながらも進み続けて、英雄になって誰かに希望を託すストーリーである。
【改訂版】槍使いのドラゴンテイマー ~邪竜をテイムしたのでついでに魔王も倒しておこうと思う~
こげ丸
ファンタジー
『偶然テイムしたドラゴンは神をも凌駕する邪竜だった』
公開サイト累計1000万pv突破の人気作が改訂版として全編リニューアル!
書籍化作業なみにすべての文章を見直したうえで大幅加筆。
旧版をお読み頂いた方もぜひ改訂版をお楽しみください!
===あらすじ===
異世界にて前世の記憶を取り戻した主人公は、今まで誰も手にしたことのない【ギフト:竜を従えし者】を授かった。
しかしドラゴンをテイムし従えるのは簡単ではなく、たゆまぬ鍛錬を続けていたにもかかわらず、その命を失いかける。
だが……九死に一生を得たそのすぐあと、偶然が重なり、念願のドラゴンテイマーに!
神をも凌駕する力を持つ最強で最凶のドラゴンに、
双子の猫耳獣人や常識を知らないハイエルフの美幼女。
トラブルメーカーの美少女受付嬢までもが加わって、主人公の波乱万丈の物語が始まる!
※以前公開していた旧版とは一部設定や物語の展開などが異なっておりますので改訂版の続きは更新をお待ち下さい
※改訂版の公開方法、ファンタジーカップのエントリーについては運営様に確認し、問題ないであろう方法で公開しております
※小説家になろう様とカクヨム様でも公開しております
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる