第八騎士団第六部隊、エースは最強男装門衛です。

山下真響

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37驚いちゃった

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 王城に着いたのは翌日の昼だった。ちなみに、アンゼリカさん家の馬車は、王家の馬車のスピードについてこれず、おそらく明日になって到着する見込み。そこそこ良いスポーツカーでも、新幹線には負けるってことと同じだ。王家の馬車は魔道具の塊で、馬にも頻繁に怪しげな薬飲ませてたから、まさにチートなのよ。アンゼリカさん、せっかくついてきてくれたのに、こんな扱いでごめんなさい。そして、無理してくれた王家の馬車の御者さんとお馬さんにもお詫びと労いを。

 さて、私達は一番人通りの少ない北門から王城へ入った。こういう時、同じ門衛だと顔がきくから、すぐに通してもらえて便利だね!

 マリ姫様は馬車の中で一時体調を崩して眠り続けていたものの、何とかご無事な様子。ラベンダーさんは「もう無理しないでくださいね! こんな強行軍に付き合うのはこれきりにさせていただきます!」とキャンキャン喚いているけれど、中身が男のマリ姫様は「これだから女は」という顔をして全く聞いていなかった。

 それにしても、王都に入った時点ですごいニュースを知った。たまたま風で飛ばされてきた号外が馬車の中に舞い込んできたのだ。なんと宰相が第二騎士団に捕らえられたらしい。ってことは、宰相はマリ姫様が城を不在にしていたことに気づいていないかもしれない?!

 というわけで、私はマリ姫様を慌ててカモミールさん達に引き渡し、すぐに北門職場へ戻ってきたのだった。

「エース、けっこう早かったな。ご苦労さん」

 先輩方に帰還の挨拶をしていると、オレガノ隊長がやってきた。

「ただいま戻りました!」
「第四騎士団の依頼は、首尾よく終わったのか?」
「はい。いろいろありましたが、ダンジョンの入口に結界をかけることができました。第四騎士団の方達だけでなく、冒険者や街の人々とも仲良くなりましたよ」

 少し遅れてやってきたコリアンダー副隊長は、「お前、何してきたんだ?」という呆れた顔をしている。

「エース、では報告書にまとめておけ。チャンウェル団長にも分かるように、詳細まで任務中の内容をまとめるんだぞ」

 さてはコリアンダー副隊長、私がそういうの不得意だと思っているな。でもこう見えて私、日本で学生やってたんです。レポートとかお手の物だ。後で出来の良さに驚いても知らないからね! 私はニヤニヤしながら敬礼した。

「それにしても、オレガノ隊長。宰相が捕まったって本当ですか?」
「あぁ、それは事実だ。詳しいことは後で話すが、お前も一役買ってるんだぞ?」
「え、そうなんですか? じゃ、宰相は失脚して、ちょっと平和になるんですかねぇ」
「いや、それは無いな。奴はなかなかしぶとい。これまで甘い蜜を吸ってきた取り巻きからの協力もあるだろうし、どうせ数日のうちに元通りになるだろう」

 悪いことをしても裏手口で揉み消せる力があるってことなのかな? ますます宰相の心象が悪くなる。私は肩を落として、荷物を置きに寮へ向かおうとした。が、隊長が私を呼び止める。

「あ、待て。タラゴンが昨日、お前の土産だとか言って大きな荷物を運んできたぞ。隊長室で預かっている。危険なものが入ってると困るから物色させてもらったが、あれは何なんだ?」

 タラゴンさん、やっぱりまだ隊長からの信用が薄いみたい。

「ドラゴン肉は、見たら分かりましたよね? 討伐したら分けてもらえたんです。後は米です。美味しいんですよ! 炊いたらオニギリにして隊長にも差し入れしますね」
「ドラゴンとか聞いてないぞ。お前、何やってきたんだ……」

 私は隊長室に駆け出したので、「はじまりの村」での事情を知らないオレガノ隊長が遠い目をしていることに気づかなかった。


   ◇


 数日後、私は遠征明けということで休暇をもらっていた。そういえば、こちらの世界に来てから週末とか、そういう感覚もどこかへ消し飛んでいたから、この開放感はすっかりご無沙汰だ。

 てなわけで、早速作りましょう、異世界和食飯! と言っても調味料は揃っていないから、なんちゃってなんだけどね。それでも白米があると、ぐっと食卓が懐かしい感じになるものだ。

 まずはギザギザ草のお浸し。これは、ほぼホウレン草と同じ。それからドラゴン肉のカツ丼。最後に、マーブルスネークのお肉を混ぜ混ぜした肉団子と、適当にお野菜を放り込んだスープ。簡単ランチ出来上がりだ。

「クレソンさん、できましたよー」

 マイキッチンから隣の部屋へ声をかけにいくと、仕事関連の書類を読んでいたクレソンさんが顔を上げた。

「ありがとう。今行く」

 ちょっと新妻の気分になってしまった。一瞬目が合っただけなのに、ドキドキしてしまう。

 あれからクレソンさんは、寮室にいる間だけ私にスキンシップすることが多くなった。気づいたら後ろから抱きしめられていたり、いつの間にか膝の上に乗せられていたり。でも、キスはしない。その分、私の理性を試されているような気がする。でも流されちゃだめだ。私は、門衛という仕事に就いたばかりなのだし、まだ衛介への気持ちがほんの少し残っているのを自覚しているのだから。中途半端なことをしては、アンゼリカさんにも悪いしね。今は、嫌われていないということが分かって、私もクレソンさんのことが気になっていると伝えられただけで十分。もっと深い関係になるのは、もう少し先でいい。

「いい匂いだね。これはエースの故郷の料理?」
「はい。お口に合うといいのですが」

 クレソンさんは、湯気を立てている白ご飯の艷やかさに興味津々のようだ。

「それでは、いただきます」

 二人で手を合わせて、私は自作のお箸、クレソンさんはスプーンを手に取る。そっとご飯を一口分摘み上げて、口の中に含んでみた。うん、これだ。私は、これをずっと求めていたんだ。
 クレソンさんも、次々に丼の中身を食べ進めていく。

「不思議な食べ物だね。ふっくらしていて、モチモチしていて、しばらく噛んでいると甘さを感じる。水分も少しあるからか、スープ飲んだ時みたいに体が温まるし、肉ともよく合うよね」
「気に入っていただけて良かったです」
「この白いの、じっと見つめていたらエースの結界みたいに思えてきたよ。食べると温かな気持ちになって、体を包み込むような優しさがある。まるで、エースを食べてるみたいだ」
「ぐほっ」
「エース、大丈夫?」
「キラキラ笑顔でそんなことを言うからです!」

 クレソンさんはからからと笑いながら、ドラゴン肉のカツに齧りついた。

 あぁ、平和だな。こうやって二人でゆっくりご飯を食べることができるのが、とても幸せ。これがいつまでも続けばいいのに……と思っていた矢先、部屋の扉が強くノックされた。

「はーい、どうぞ」
「おぉ、ちょっと邪魔するぞ。って、エース。お前また俺の知らないところで美味そうなもん食いやがって!」

 やってきたのはディル班長だ。あれ? 呼ばなきゃいけないのは、お菓子作りの時だけだと思っていたのだけれど。

「あ、クレソンも一緒か。じゃ、一緒に聞いてくれ」

 私は、中に入ってきたディル班長に席をすすめ、彼に出すためのお茶の支度をする。

「先程、宰相が釈放された。証拠不十分で、罰することかできなかったらしい」
「想定の範囲内だな」

 クレソンさんは冷静に答えた。

「で、だ。早速宰相が動き出して、第八騎士団第六部隊にこんな通達を出してきた」

 私とクレソンさんは、ディル班長が持ってきた書類に目を落とす。何なに……第一王女生誕記念式典の開催? 一般人も城にやってくるから警備を強化しろ?!

 ディル班長によると、先日マリ姫様が城から外出したことを多くの貴族に知られてしまったらしい。今回は、マリ姫様の秘薬を求めて、侍女が西部の街へ取りに行くのに王家の馬車を使ったということになっているらしいけど、そんな薄っぺらい嘘は通じなかった。実はマリ姫様、一度も公の場に出たことがないらしく、いい加減姫を出せという圧力が高まっているのだ。

 そういえば、マリ姫様が次期世界樹の管理人であることを知る人はごく一部。となると、彼女をお嫁さんに迎えて王家との繋がりを持っておきたいという貴族も多いだろう。となると、彼女の容姿を確認したいという気持ちも分からなくはない。

「でも、よくあの宰相がこの話を飲みましたね」
「宰相からの使い曰く、『マリ姫様の美しさを世に知らしめることで、姫様がこの国に必要だということを国民に分からせる必要がある』ということだそうだ」

 ディル班長は、心底どうでもよさそうに言い放った。
 つまり、暗に、マリ姫様を世界樹の元へ送り出さずに済むよう、民意を味方につけようとしているってことだろうか。うーん、やっぱり悪いのはアルカネットさんではなく、宰相に思えてならない。私なりの考察を話してみると、クレソンさんも同意してくれた。ディル班長は、さらに確信めいた顔をしている。

「俺は、コリアンダー副隊長が一時的に捕らえられたあの日、宰相の言葉と本音を一字一句漏らさず聞いている。あれは完全に黒だな。それも真っ黒だ。奴はたぶん、第一王女を何らかの形で使って、王家の乗っ取りを画策していると思う」
「でしょうね。だから、僕は王籍を廃されてここにいるのでしょう。でも今は、得られたものがあまりに大きくて、正直感謝をしてますけどね」

 クレソンさんはそう言って、私の方に手を伸ばす。甘い雰囲気で髪触ってくれるのは嬉しくもあるけれど、タイミングは最悪だ。目の前にはディル班長がいるんですよ?! ほら、班長が遠い目をしてる。

「そういえば、お前達がデキてるって噂になってたな。こういう話題はなかなか鎮火しないし、困ってるだろう? だったらエース、俺と部屋を交代してやろうか?」
「え?」
「クレソンも後輩をいじるの、ほどほどにしとけ。エース、ラムズイヤーはなかなか面倒見が良いぞ。たぶん、クレソンよりもいろいろ世話焼いてくれるし」

 まさかの展開にびっくり。気遣ってくれるディル班長には悪いけれど、私はその話に頷くことはできない。クレソンさんに好かれていなかったとしても、この部屋を出るわけにはいかないのだ。私は女の子だとバレてはいけないのだから!
 そこへ魔王様が降臨した。

「ディル班長」
「ど、どうした? 急に殺気なんか放って」
「エースは僕のです。ラムズイヤーなんかに渡しません」
「わ、分かったって。そんな怒るなよ。」
「エースは僕がいる限り、ずっとここに住みますから」
「あー、分かったよ」
「本当にお分かりいただけましたか?」
「しつこい奴は、男でも女でも嫌われるぞ?」

 クレソンさんが沈黙した。ディル班長、僅差で勝利。
 私は静かにディル班長の前へお茶のカップを置いた。



 と、のんびりしていた私達三人が、宰相からの通達に書かれてあった備考事項に激怒するのは、これから十分後のこと。

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