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66一番腹が立つのは※
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★今回はクレソン視点のお話です。
「どういうことか説明しろ!」
ここはハーヴィー王城内のとある一室。エースの書き置きを握りしめてブチ切れているのは、僕の妹にして我が国唯一の王女、ローズマリーだ。今日も今日とて、異世界風の不思議な格好をしている。この無骨な雰囲気は、もはや傭兵崩れだ。彼女曰く、『RPG風戦士コスプレ』というものらしいが、この清楚系乙女の部屋には完全に不似合いである。
「こんな紙切れ一枚で城を出ていっただと?! クレソン、お前、俺の前で誓ったのは嘘だったのか!」
ローズマリーの怒りは最もだ。
「そんなことはない! 僕だって!」
思わず言い返してしまった。でも、彼女に食ってかかるのはお角違いというものだろう。
分かってる。僕は、エースを守ると、幸せにすると言っていながら、結局は自分の悲願を叶えるために自分のことしか考えていなかった。その結果がこれだ。
僕が何よりも腹を立てているのは、宰相でもなく、第二騎士団でもなく、オレガノ隊長でもない。あまりにも不甲斐なかった僕自身だ。
「申し開きは、しない。でもな、そうやって騒ぎ立てるだけじゃ、事態は何も変わらないんだ」
以前の僕ならば、エースがいなくなったと悲嘆に暮れ、ただ呆然として廃人になっていただけかもしれない。実際、あの日は魂が抜けかけたと思う。もしくは、エースを探そうと闇雲に国中を駆け回る狂人になっていたかと。
異変に気づいたのは、知人の貴族と会合した後、城内を歩いていた時だ。突然、辺りの空気が変わったのだ。雑多な物やあらゆる汚れた微粒子がどこからともなく集まって、徐々に息が詰まり、足元の方から城という存在が濁っていくかのような。僕ははっとして顔を上げた。
無くなっていた。
エースの結界は、目を凝らしても、体中の感覚を研ぎ澄ましても、完全に喪失していたのだ。
慌てて騎士寮に戻ると、既に異変に気づいた者達で騒ぎが起きていて、エースはどこだと僕は問い詰められる。そんなの、僕も知らない。皆で探し回っていると、すぐに北門に詰めていた騎士から「出掛けた」との話が回ってきた。
これまで一度も消えることのなかった強固な結界の消失。一人、ふらりと城を出て行ったエース。もう最悪の事態しか思い浮かばない。
早速、第七のアンゼリカに魔術の手紙を飛ばし、王都内でのエースの捜索を開始した。そこへやってきたのが、オレガノ隊長。その時の彼には、誰もすぐには近づくことができなかった。それ程に魔物級の黒いオーラを引きずり、尋常ではない様子だったからだ。
そして発せられた命令。それは『エースを探すな』だ。
だが、どこかの誰かに気を遣っているのか、第七へ出した捜索依頼は取り下げられることはなかった。エースがとある罪に問われたということを告げられ、集まった隊員には戸惑いのどよめきが広がる。誰もがエースの人となりは知っていた。エースは隠し事ができるタイプでもなければ、決して器用な人ではない。とても、何か悪事を働いているとは思えない。でも、隊長がその罪状を明らかにしない限りは、部下は知る権利すらないので、何も分からないままなのだ。
何せ僕達は、第八騎士団第六部隊。城の防衛の要であり、もうエースの結界は無くなってしまった。全員が今すぐエースの捜索に向かいたくても、ここを動けない。
ともかく、このままではエースが第二騎士団に捕まってしまう。隊長のニュアンスからも、無実の罪であることは感じ取れた。仕方なく、第八騎士団第六部隊は、僕達のエースと隊長を信じて、その指示に従った。エースはいつだって誰もが予想しなかったことや、数々の軌跡を起こしてきた。もう、その運の良さと、これまで築いてきた僕たちとエースの絆の強さを信じるしかない。
とは言え、隊の中は完全にお通夜状態だった。
僕がオレガノ隊長に捕まったのは、その直後のこと。
「クレソン、お前はいつから知っていた?」
初めは何のことか分からなかった。
「エースは強い女だ。俺は、そう信じることにする」
僕は、真っ白になりかけた頭を気合で奮い立たせる。そうか、そういうことか。女性だということがバレて、偽証絡みの罪に問われているのだと理解する。隊長は、エースをわざと逃したということなのだ。
「隊長は、もうエースに会わない気なんですか?」
「お前がもっと早くに知らせてくれりゃ、対策が組めたかもしれない。だが、そんなこと今更だ」
今更? エースが聞いたら、そんな言葉、鼻で笑われてしまうだろう。五年もぼんやりと騎士をしていた元王子の僕に火をつけたのは、紛れもなく彼女だ。僕が王子に返り咲き、王になりたいと思ったのは、エースと幸せに暮らしたいから。決して、城から、そして僕の元から追い出すためじゃない。
僕はもう諦めない。この一生かかっても返しきれない恩と、永遠を誓う程の愛を持って、必ずエースをこの手に取り戻す。それには、遅いも早いも無い。そうする、と決めた時がスタートなのだ。
となると、僕がすべきことは一つ。
「決してエースは、好きで城を出ていったんじゃない。だから僕は、エースがここへ堂々と帰ってこれるようにしたいと思う。皆、僕に手を貸してれ!」
僕は部屋の全員の顔を見回した。
まずラムズイヤー。僕の側近。最近はエースの米を広げるついでに、各地の情報を集める孤児達の取りまとめや、最近になって僕を応援してくれることになった貴族達との窓口を担当してくれている。
次にお祖母様。カモミール先代王妃。先代王からずっと王家に尽くしてくれている貴族達との顔繋ぎは、お祖母様がかなり口添えしてくださっている。と同時に、僕が王籍を追われるきっかけとなった、ローズマリーに害をなした噂は事実無根であることを広めてくれている。彼女は乳母という立場なので、その話は信憑性が高くなるはずだ。
そして、ラベンダー嬢。彼女はローズマリーの熱心な信者でもあるが、それなりの家格があり、魔術に優れていることから、王立学園時代から同世代の女性に多くのファンを持つ者でもある。
本人は自己評価がかなり低く、それ故男性からのアプローチを無意識にスルーしてしまい未婚を貫いていたが、この度コリアンダー副隊長と婚約。もちろん、義理の父になるトリカブート宰相には話を通していないが、世界樹の枝が祀られている城の地下にある祭壇で誓いを交わした二人は、もはや公に婚約者同士なのである。あまりに早く話が進みすぎて、羨ましいを通り越して驚きだ。
そしてコリアンダー副隊長。ローズマリーとこのような近さで謁見するのは初めてらしく、恐縮しきりの彼だったが、ラベンダー譲がいるので、幾分緊張も解れてきた模様。彼はかの宰相の息子ではあるが、完全に親王派。だが、頭は父親の血を良くも悪くも継いでいるらしく、頭はかなり切れる。今後、さらに頼もしい味方になるはずだ。
以上、ローズマリーを含む合計五名は大きく頷き返してくれた。本当はオレガノ隊長にもこの場にいてもらいたかったのだが、現在体調を崩して寮に引きこもっている……ということになっている。
実は、城の結界が消えてから騎士や城内で働く者達の体調不良が相次いでいるので、大変それらしい理由になっているのだ。実際はあの翌日の明け方やってきた魔物の大群で左腕を負傷し、そのまま部屋から出てこない。いつもの隊長であれば、こんなもの掠り傷だと言って笑い飛ばすだろうに。あんな図体の大きい男性でも、やはりエースのこととなるとショックが大きかったのだろう。
「クレソン、お前が心配しなくとも、ここにいる誰もがエースのことを諦めていない」
コリアンダー副隊長は重々しく言った。それにラベンダー嬢も続く。
「私、あの子ちょっと若いからってチヤホヤされてるのは気に入らないけど、嫌いじゃないもの。次に会ったら、姫様付きの侍女の名にかけて、思いっきりおめかしさせてあげるんだから!」
確か、アンゼリカも似たようなこと言っていたな。あいつは、既に青薔薇祭の際に好き放題やっていた気もするが。お陰で、その辺の騎士の目を根こそぎくり抜きたい衝動に駆られて大変だった。それぐらいエースは可憐で、皆からの注目を浴びていたからな。
話は反れたが、既にいろいろと策は練ってある。この数日、第二騎士団と接触しないように気をつけながら随分と動き回ったのだ。
まずは、エースに確かな身分を用意すること。これは割と早くに片がついた。アンゼリカが、実家の両親に今回の騒動を話してくれたのだ。
結論から言うと、エースはアンゼリカの実家の養女となった。つまり、公爵令嬢という、この国の女性においてはかなり高い身分を手にしたことになる。
元々、アンゼリカの父親は親王派で、野心家でもある。僕の婚約者枠にアンゼリカを押し込んだのも彼の意地と裁量によるもの。しかし、僕が王子から失脚したことで婚約は解消。ところが、アンゼリカは僕と既に関係を持っていたため、所謂傷物令嬢となってしまい、本人の希望もあって騎士団に入団してしまった。つまり父親からすれば、丁度いい駒が使えなくて困っていたところ、再び王子に返り咲きそうな僕に、仮にも自分の娘と言い張れる女性を充てがうことができるチャンス、となったのだ。
アンゼリカの母親は、既にエースは自分の娘という状態で、アンゼリカと共に彼女の着せ替えごっこをするのが最近の趣味になっているらしい。庶民出身の彼女は、礼儀正しいものの、貴族特有の偉ぶったところもないので、アンゼリカの屋敷では使用人にまで好評だそうだ。さすがエース!
これで、第二騎士団が「出自が不明で後ろ盾もなく、性別偽証の者はスパイにちがいない!」と言ってきても、ある程度対抗できることになる。
これを説明すると、何人かはほっとした顔をし、残りは表情が冴えないままだった。
「まだ足りんな」
「コリアンダー、儂もそう思う」
コリアンダー副隊長とお祖母様の懸念は分かる。ここ数日で、城の使用人に化けた孤児達や一部の貴族の協力者から寄せてくれた情報によると、第二騎士団は随分深くまで宰相側の力が及んでいるようなのだ。
さらに今回の主犯は、個人的にもエースのことを嫌っていたらしく、かなり徹底して証拠集めをしていたらしい。まだ何を隠し持っているか分からないため、こちらも出方が慎重になってしまう。
そこへ、意外なことを言ってきたのはローズマリーだ。
「なぁ、クレソン。第二騎士団の団長だったら、俺から手を回せるかもしれない」
「どうやって?」
「お色気作戦?!」
一瞬殴ってやろうか、と思ったが踏みとどまった。ローズマリー、いや衛介は、こんな時に冗談を言うような奴じゃない。
「第二の団長の性癖、知ってるか?」
「いや?」
他の男の性癖とか、興味無いし。
「ロリが好きなんだよ、あの男。俺の生誕式典の夜会で確信を持ったね。まず間違いない」
ローズマリーは、姫らしからぬ邪悪な笑みを浮かべる。
「エースは俺のお気に入りだから、早く返してほしい。姫がこんなに信頼をおいている者なのに、どうして意地悪するの?!って聞いてみるさ。ついでにお前の足場固めの布石もしてやるよ」
ローズマリーは年の割に幼く見える。が、こんな少女でうまく釣れるものなのか? 正直言って、僕の好みではないのであまり上手く行くとは思えない。
すると、ラベンダー嬢が金切り声を上げた。
「姫様、そんなご自身を売るようなことをしてはなりません! 汚れます! 変態に隙を見せるなんて自殺行為です!」
「大丈夫だよ。いざとなったら、金の魔術で捻じ伏せるよ」
「お前も使えたのか?!」
「お前もなんて、嫌ですわ、お兄様。王家に生まれた者の嗜みでしてよ?」
若干イラっとするが、妹はタフであることが再確認できた。
「ローズマリー、よろしく頼む。でも、くれぐれも無理するなよ」
最低限の準備は整った。後は、お祖母様がお膳立てしてくれたもう一つの伝手を使いつつ、いよいよ勝負に出るしかない。
僕は、騎士団総帥になる。
ここからは、走り出したら止められない。だけど、それでいい。精一杯走っても、走っても、まだまだエースの背中は遠いのだ。
突然異世界に放り込まれても、ずっと気丈に振る舞い、慣れない騎士仕事をこなし、多くの人を救い、その素直な言動や笑顔で皆を虜にしてきたエース。僕は必ずや、その逞しい彼女の隣に立ってみせる。次に会った時には驚かせてやるんだ。「クレソンさん、偉いね。がんばったね」って言ってもらって、たくさん抱きしめてもらって、僕もたくさんエースを感じたい。そう、それがいい。それを絶対に実現させる。
エース、今頃どうしているだろうか。ひもじい思いをしていないだろうか。この寒い季節、ちゃんと温かな部屋で眠れているだろうか。
僕は、短剣を取り出して魔力を込めた。ここ数日間癖になってしまったことだ。しかし、通信の反応は薄っすらとしか無い。だが、完全に消えているわけではない。なんとなく、北の方角へ向けてぼんやりと光のラインが伸びている。
エースは、守りの石を持ったまま、城を出ていったのだ。これは、彼女がまだ僕のことを想ってくれている証拠だと思いたい。少なくとも、僕はそう信じている。
エースの行方は、北部を中心に捜索網を広げているところだ。アンゼリカの実家を対策本部として、エースを心配する孤児達が各地へ散らばっている。それを直接指揮しているのはディル班長。彼には、エースが女性であることを伝えた。初めはかなり残念がっていたが、また騎士団に戻ってきたら一緒に裁縫をやるのだと意気込んでいる。たぶんエース、裁縫よりも料理の方が好きだと思うけどな。
他には、冒険者ギルドのミントさんも動いてくれている。彼女は、王家と世界樹の関係についても詳しいこちら側の人間だ。今回の事件は、救世主を支援する役目を負ったエルフ族としても大事にあたるらしく、ギルドマスターの権限と、エルフ族の娘としての力を総動員してエースを探してくれている。ミントさんは、エースにとって姉か母親のような位置づけの人だ。きっと期待通りの成果を上げてくれるはず。
皆が、エースの帰還を待っている。
エースのために、がんばっている。
僕もエースの無事を祈りつつ、次の作戦も成功させようと心に誓った。
「どういうことか説明しろ!」
ここはハーヴィー王城内のとある一室。エースの書き置きを握りしめてブチ切れているのは、僕の妹にして我が国唯一の王女、ローズマリーだ。今日も今日とて、異世界風の不思議な格好をしている。この無骨な雰囲気は、もはや傭兵崩れだ。彼女曰く、『RPG風戦士コスプレ』というものらしいが、この清楚系乙女の部屋には完全に不似合いである。
「こんな紙切れ一枚で城を出ていっただと?! クレソン、お前、俺の前で誓ったのは嘘だったのか!」
ローズマリーの怒りは最もだ。
「そんなことはない! 僕だって!」
思わず言い返してしまった。でも、彼女に食ってかかるのはお角違いというものだろう。
分かってる。僕は、エースを守ると、幸せにすると言っていながら、結局は自分の悲願を叶えるために自分のことしか考えていなかった。その結果がこれだ。
僕が何よりも腹を立てているのは、宰相でもなく、第二騎士団でもなく、オレガノ隊長でもない。あまりにも不甲斐なかった僕自身だ。
「申し開きは、しない。でもな、そうやって騒ぎ立てるだけじゃ、事態は何も変わらないんだ」
以前の僕ならば、エースがいなくなったと悲嘆に暮れ、ただ呆然として廃人になっていただけかもしれない。実際、あの日は魂が抜けかけたと思う。もしくは、エースを探そうと闇雲に国中を駆け回る狂人になっていたかと。
異変に気づいたのは、知人の貴族と会合した後、城内を歩いていた時だ。突然、辺りの空気が変わったのだ。雑多な物やあらゆる汚れた微粒子がどこからともなく集まって、徐々に息が詰まり、足元の方から城という存在が濁っていくかのような。僕ははっとして顔を上げた。
無くなっていた。
エースの結界は、目を凝らしても、体中の感覚を研ぎ澄ましても、完全に喪失していたのだ。
慌てて騎士寮に戻ると、既に異変に気づいた者達で騒ぎが起きていて、エースはどこだと僕は問い詰められる。そんなの、僕も知らない。皆で探し回っていると、すぐに北門に詰めていた騎士から「出掛けた」との話が回ってきた。
これまで一度も消えることのなかった強固な結界の消失。一人、ふらりと城を出て行ったエース。もう最悪の事態しか思い浮かばない。
早速、第七のアンゼリカに魔術の手紙を飛ばし、王都内でのエースの捜索を開始した。そこへやってきたのが、オレガノ隊長。その時の彼には、誰もすぐには近づくことができなかった。それ程に魔物級の黒いオーラを引きずり、尋常ではない様子だったからだ。
そして発せられた命令。それは『エースを探すな』だ。
だが、どこかの誰かに気を遣っているのか、第七へ出した捜索依頼は取り下げられることはなかった。エースがとある罪に問われたということを告げられ、集まった隊員には戸惑いのどよめきが広がる。誰もがエースの人となりは知っていた。エースは隠し事ができるタイプでもなければ、決して器用な人ではない。とても、何か悪事を働いているとは思えない。でも、隊長がその罪状を明らかにしない限りは、部下は知る権利すらないので、何も分からないままなのだ。
何せ僕達は、第八騎士団第六部隊。城の防衛の要であり、もうエースの結界は無くなってしまった。全員が今すぐエースの捜索に向かいたくても、ここを動けない。
ともかく、このままではエースが第二騎士団に捕まってしまう。隊長のニュアンスからも、無実の罪であることは感じ取れた。仕方なく、第八騎士団第六部隊は、僕達のエースと隊長を信じて、その指示に従った。エースはいつだって誰もが予想しなかったことや、数々の軌跡を起こしてきた。もう、その運の良さと、これまで築いてきた僕たちとエースの絆の強さを信じるしかない。
とは言え、隊の中は完全にお通夜状態だった。
僕がオレガノ隊長に捕まったのは、その直後のこと。
「クレソン、お前はいつから知っていた?」
初めは何のことか分からなかった。
「エースは強い女だ。俺は、そう信じることにする」
僕は、真っ白になりかけた頭を気合で奮い立たせる。そうか、そういうことか。女性だということがバレて、偽証絡みの罪に問われているのだと理解する。隊長は、エースをわざと逃したということなのだ。
「隊長は、もうエースに会わない気なんですか?」
「お前がもっと早くに知らせてくれりゃ、対策が組めたかもしれない。だが、そんなこと今更だ」
今更? エースが聞いたら、そんな言葉、鼻で笑われてしまうだろう。五年もぼんやりと騎士をしていた元王子の僕に火をつけたのは、紛れもなく彼女だ。僕が王子に返り咲き、王になりたいと思ったのは、エースと幸せに暮らしたいから。決して、城から、そして僕の元から追い出すためじゃない。
僕はもう諦めない。この一生かかっても返しきれない恩と、永遠を誓う程の愛を持って、必ずエースをこの手に取り戻す。それには、遅いも早いも無い。そうする、と決めた時がスタートなのだ。
となると、僕がすべきことは一つ。
「決してエースは、好きで城を出ていったんじゃない。だから僕は、エースがここへ堂々と帰ってこれるようにしたいと思う。皆、僕に手を貸してれ!」
僕は部屋の全員の顔を見回した。
まずラムズイヤー。僕の側近。最近はエースの米を広げるついでに、各地の情報を集める孤児達の取りまとめや、最近になって僕を応援してくれることになった貴族達との窓口を担当してくれている。
次にお祖母様。カモミール先代王妃。先代王からずっと王家に尽くしてくれている貴族達との顔繋ぎは、お祖母様がかなり口添えしてくださっている。と同時に、僕が王籍を追われるきっかけとなった、ローズマリーに害をなした噂は事実無根であることを広めてくれている。彼女は乳母という立場なので、その話は信憑性が高くなるはずだ。
そして、ラベンダー嬢。彼女はローズマリーの熱心な信者でもあるが、それなりの家格があり、魔術に優れていることから、王立学園時代から同世代の女性に多くのファンを持つ者でもある。
本人は自己評価がかなり低く、それ故男性からのアプローチを無意識にスルーしてしまい未婚を貫いていたが、この度コリアンダー副隊長と婚約。もちろん、義理の父になるトリカブート宰相には話を通していないが、世界樹の枝が祀られている城の地下にある祭壇で誓いを交わした二人は、もはや公に婚約者同士なのである。あまりに早く話が進みすぎて、羨ましいを通り越して驚きだ。
そしてコリアンダー副隊長。ローズマリーとこのような近さで謁見するのは初めてらしく、恐縮しきりの彼だったが、ラベンダー譲がいるので、幾分緊張も解れてきた模様。彼はかの宰相の息子ではあるが、完全に親王派。だが、頭は父親の血を良くも悪くも継いでいるらしく、頭はかなり切れる。今後、さらに頼もしい味方になるはずだ。
以上、ローズマリーを含む合計五名は大きく頷き返してくれた。本当はオレガノ隊長にもこの場にいてもらいたかったのだが、現在体調を崩して寮に引きこもっている……ということになっている。
実は、城の結界が消えてから騎士や城内で働く者達の体調不良が相次いでいるので、大変それらしい理由になっているのだ。実際はあの翌日の明け方やってきた魔物の大群で左腕を負傷し、そのまま部屋から出てこない。いつもの隊長であれば、こんなもの掠り傷だと言って笑い飛ばすだろうに。あんな図体の大きい男性でも、やはりエースのこととなるとショックが大きかったのだろう。
「クレソン、お前が心配しなくとも、ここにいる誰もがエースのことを諦めていない」
コリアンダー副隊長は重々しく言った。それにラベンダー嬢も続く。
「私、あの子ちょっと若いからってチヤホヤされてるのは気に入らないけど、嫌いじゃないもの。次に会ったら、姫様付きの侍女の名にかけて、思いっきりおめかしさせてあげるんだから!」
確か、アンゼリカも似たようなこと言っていたな。あいつは、既に青薔薇祭の際に好き放題やっていた気もするが。お陰で、その辺の騎士の目を根こそぎくり抜きたい衝動に駆られて大変だった。それぐらいエースは可憐で、皆からの注目を浴びていたからな。
話は反れたが、既にいろいろと策は練ってある。この数日、第二騎士団と接触しないように気をつけながら随分と動き回ったのだ。
まずは、エースに確かな身分を用意すること。これは割と早くに片がついた。アンゼリカが、実家の両親に今回の騒動を話してくれたのだ。
結論から言うと、エースはアンゼリカの実家の養女となった。つまり、公爵令嬢という、この国の女性においてはかなり高い身分を手にしたことになる。
元々、アンゼリカの父親は親王派で、野心家でもある。僕の婚約者枠にアンゼリカを押し込んだのも彼の意地と裁量によるもの。しかし、僕が王子から失脚したことで婚約は解消。ところが、アンゼリカは僕と既に関係を持っていたため、所謂傷物令嬢となってしまい、本人の希望もあって騎士団に入団してしまった。つまり父親からすれば、丁度いい駒が使えなくて困っていたところ、再び王子に返り咲きそうな僕に、仮にも自分の娘と言い張れる女性を充てがうことができるチャンス、となったのだ。
アンゼリカの母親は、既にエースは自分の娘という状態で、アンゼリカと共に彼女の着せ替えごっこをするのが最近の趣味になっているらしい。庶民出身の彼女は、礼儀正しいものの、貴族特有の偉ぶったところもないので、アンゼリカの屋敷では使用人にまで好評だそうだ。さすがエース!
これで、第二騎士団が「出自が不明で後ろ盾もなく、性別偽証の者はスパイにちがいない!」と言ってきても、ある程度対抗できることになる。
これを説明すると、何人かはほっとした顔をし、残りは表情が冴えないままだった。
「まだ足りんな」
「コリアンダー、儂もそう思う」
コリアンダー副隊長とお祖母様の懸念は分かる。ここ数日で、城の使用人に化けた孤児達や一部の貴族の協力者から寄せてくれた情報によると、第二騎士団は随分深くまで宰相側の力が及んでいるようなのだ。
さらに今回の主犯は、個人的にもエースのことを嫌っていたらしく、かなり徹底して証拠集めをしていたらしい。まだ何を隠し持っているか分からないため、こちらも出方が慎重になってしまう。
そこへ、意外なことを言ってきたのはローズマリーだ。
「なぁ、クレソン。第二騎士団の団長だったら、俺から手を回せるかもしれない」
「どうやって?」
「お色気作戦?!」
一瞬殴ってやろうか、と思ったが踏みとどまった。ローズマリー、いや衛介は、こんな時に冗談を言うような奴じゃない。
「第二の団長の性癖、知ってるか?」
「いや?」
他の男の性癖とか、興味無いし。
「ロリが好きなんだよ、あの男。俺の生誕式典の夜会で確信を持ったね。まず間違いない」
ローズマリーは、姫らしからぬ邪悪な笑みを浮かべる。
「エースは俺のお気に入りだから、早く返してほしい。姫がこんなに信頼をおいている者なのに、どうして意地悪するの?!って聞いてみるさ。ついでにお前の足場固めの布石もしてやるよ」
ローズマリーは年の割に幼く見える。が、こんな少女でうまく釣れるものなのか? 正直言って、僕の好みではないのであまり上手く行くとは思えない。
すると、ラベンダー嬢が金切り声を上げた。
「姫様、そんなご自身を売るようなことをしてはなりません! 汚れます! 変態に隙を見せるなんて自殺行為です!」
「大丈夫だよ。いざとなったら、金の魔術で捻じ伏せるよ」
「お前も使えたのか?!」
「お前もなんて、嫌ですわ、お兄様。王家に生まれた者の嗜みでしてよ?」
若干イラっとするが、妹はタフであることが再確認できた。
「ローズマリー、よろしく頼む。でも、くれぐれも無理するなよ」
最低限の準備は整った。後は、お祖母様がお膳立てしてくれたもう一つの伝手を使いつつ、いよいよ勝負に出るしかない。
僕は、騎士団総帥になる。
ここからは、走り出したら止められない。だけど、それでいい。精一杯走っても、走っても、まだまだエースの背中は遠いのだ。
突然異世界に放り込まれても、ずっと気丈に振る舞い、慣れない騎士仕事をこなし、多くの人を救い、その素直な言動や笑顔で皆を虜にしてきたエース。僕は必ずや、その逞しい彼女の隣に立ってみせる。次に会った時には驚かせてやるんだ。「クレソンさん、偉いね。がんばったね」って言ってもらって、たくさん抱きしめてもらって、僕もたくさんエースを感じたい。そう、それがいい。それを絶対に実現させる。
エース、今頃どうしているだろうか。ひもじい思いをしていないだろうか。この寒い季節、ちゃんと温かな部屋で眠れているだろうか。
僕は、短剣を取り出して魔力を込めた。ここ数日間癖になってしまったことだ。しかし、通信の反応は薄っすらとしか無い。だが、完全に消えているわけではない。なんとなく、北の方角へ向けてぼんやりと光のラインが伸びている。
エースは、守りの石を持ったまま、城を出ていったのだ。これは、彼女がまだ僕のことを想ってくれている証拠だと思いたい。少なくとも、僕はそう信じている。
エースの行方は、北部を中心に捜索網を広げているところだ。アンゼリカの実家を対策本部として、エースを心配する孤児達が各地へ散らばっている。それを直接指揮しているのはディル班長。彼には、エースが女性であることを伝えた。初めはかなり残念がっていたが、また騎士団に戻ってきたら一緒に裁縫をやるのだと意気込んでいる。たぶんエース、裁縫よりも料理の方が好きだと思うけどな。
他には、冒険者ギルドのミントさんも動いてくれている。彼女は、王家と世界樹の関係についても詳しいこちら側の人間だ。今回の事件は、救世主を支援する役目を負ったエルフ族としても大事にあたるらしく、ギルドマスターの権限と、エルフ族の娘としての力を総動員してエースを探してくれている。ミントさんは、エースにとって姉か母親のような位置づけの人だ。きっと期待通りの成果を上げてくれるはず。
皆が、エースの帰還を待っている。
エースのために、がんばっている。
僕もエースの無事を祈りつつ、次の作戦も成功させようと心に誓った。
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