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第6話 森の遭遇戦
しおりを挟む学院を追われ、全てを失ったレオンの手には、もはや木刀すら残っていなかった。武器も金もなく、ただ歩き続けるうちに、彼は王都近郊の森へと足を踏み入れていた。疲労で脚が重くなり、心も折れかけていたその時――
「――っ!?」
木々の向こうから悲鳴が響いた。若い男女の声。迷うより先に、レオンの身体は走り出していた。
森の小さな広場。そこで三人の若き冒険者が、二体のゴブリンに襲われていた。片手剣を振るう少年は力任せに突撃していたが、既に肩口を斬られて血を流している。弓を構える少女は震える手で矢を放つも、狙いが逸れ木に刺さるばかり。小柄な少年は震えながらクロスボウを弄っていたが、矢は装填すらままならない。
「くそっ、このままじゃ……!」
彼らは危険な状況に追い込まれていた。ゴブリンの一体が剣を振りかざし、剣士の少年に迫る。その瞬間――
「危ないっ!」
レオンは丸腰のまま飛び出した。恐怖はあった。だが、剣を持たずとも戦わなければならない時がある。拳を握りしめ、ゴブリンの脇腹へ渾身の一撃を叩き込む。
「グギャッ!」
不意を突かれたゴブリンがよろめく。レオンはその隙に飛びかかり、乱暴に振るわれた剣を両手で掴み取った。刃が掌を裂き血が滲むが、力で奪い取ると同時に振り抜いた。
「うおおおおっ!」
ーーーーーーーーッズズズ!!!!!
乾いた音とともに、ゴブリンの喉を切り裂いた。鮮血が飛び散り、魔物は倒れ伏す。レオンは荒い息をつきながらも剣を握り直した。これが――自分の最初の「武器」だった。その剣は、これからしばらく彼の装備となるだろう。
学院で最低評価を受けた「戦闘力」。だが王立学院は人類最高峰の学び舎であり、最低評価といえど人間世界の平均から見れば十分に高い。ゆえにゴブリン相手でも互角以上に渡り合える手応えがあった。決して油断できる相手ではないが、動きを見極めれば凌げる、力も真正面からなら押し返せる。
だが、残るもう一体が牙を剥いて突進してきた。レオンは咄嗟に剣を構えるが、重さに慣れていない腕では押し負ける。ゴブリンの腕と揉み合い、地面に押し倒される。
「ぐっ……!」
泥に背を打ちつけ、牙が迫る。絶体絶命のその時――
「うおおおおっ!」
傷だらけの剣士が突撃し、横から斬りつけた。さらに後方から矢が飛び、ゴブリンの肩を貫く。最後にクロスボウの矢が額に突き刺さり、魔物は倒れ込んだ。
「……はぁ、はぁ……助かった……」
レオンは荒い息を整えながら立ち上がった。血に濡れた剣を握り、初めて「生き延びた」実感を噛みしめる。
「お、お前……素手でゴブリンから剣を奪ったのか!?」
剣士の少年――カイルが驚いた声を上げる。肩を押さえながらも、その目は輝いていた。
「すごい……あんな無茶、普通はできない……」
弓手の少女――リディアは震えながらも安堵の笑みを浮かべる。まだ怯えの色は残っていたが、その視線には感謝があった。
「君のおかげで助かったよ! いやー、研究材料にしたいくらいだ!」
小柄な発明少年――ティオは興奮気味に叫んだ。クロスボウを抱えながら、瞳を輝かせている。
レオンは血のついた剣を見下ろし、静かに答えた。
「俺は……もう二度と、大切な人を失いたくない。だから……戦う」
三人は互いに顔を見合わせ、微笑んだ。誰もがまだ未熟で弱い。だが――同じ方向を見ている。
少し落ち着いたところで、レオンはこれまでの経緯を簡単に語った。王立学院で最低評価を受け、退学処分となり、孤独に彷徨っていたことを。
「お、お前……王立学院の生徒だったのか!」とカイルが目を見開く。
リディアも驚きの声を上げ、「だから強いんだ……」と呟いた。
ティオも興味津々で、「学院出身なら当然だね!」と頷く。
だがレオンは苦笑して、「成績が悪くて退学させられたけどね」と肩をすくめた。
三人は顔を見合わせてから、逆に安心したように笑った。
カイルが一歩踏み出し、レオンに右手を差し出した。
「なぁ、レオン。俺たちと一緒に来ないか? 仲間になろう!」
その言葉に、レオンの胸が熱くなる。孤独に苛まれ、行き場を失っていた自分に差し伸べられた手。彼は迷わず頷き、その手を握った。
「ああ――よろしく頼む」
こうしてレオンは、偶然の出会いから《暁の灯パーティ》と歩みを共にすることになる。孤独だった彼に、ようやく仲間と呼べる存在ができたのだった。
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