ループ前、俺の嫁は勇者だった

第22話 予想を超える一閃

ダグラは相変わらず、エリシアの言葉を嘲笑うような仕草をした。

「フン、この小僧に何ができる？」

その時だった――。

レオンの姿が一瞬、視界から消えた。

「なに……！？」

ダグラの目が見開かれる。次の瞬間、鋭い斬撃が風を裂き、ダグラの目前へと迫る。あまりの速さに反応が遅れ、彼は咄嗟に剣を振り払って防いだ。

――ガキィン！

金属音が響き、火花が散る。しかし、遅れてダグラの頬に細い切り傷が走り、血が一筋流れ落ちた。

「……なんだと！」

四腕の将軍が目を見開き、信じられないというようにレオンを見据える。

「今のは……なんだ……？　あのスピード……人間の動きじゃない……！」

レオンは息を荒げながらも、再び剣を構える。その動きは荒削りで、まるで素人のように見える。しかし――。

「ただ振り回しているように見えるだろうな……」

レオンの目が鋭く光る。

次の瞬間、再び地面が砕けるほどの勢いで間合いを詰め、怒涛の斬撃を叩き込む。速さ、重さ、そして執念――そのすべてが一つに混ざり合い、ダグラの巨体を圧倒していく。

「ぐっ……！」

剣、斧、槍、鎖鎌――四つの武器で必死に受け止めるダグラだったが、レオンの攻撃は止まらない。刃が風を切り、地面を抉り、空気が振動する。

「馬鹿な……この小僧……！　どうなってやがる！」

先ほどまで余裕を見せていたダグラの顔から、笑みが完全に消えていた。

その激闘を見つめていたセレナは、思わず息を飲んでいた。冷静沈着な彼女でさえ、レオンの圧倒的な速度と力に動揺を隠せない。

「……この人間が……ここまで……？」

わずかに震える唇。魔導書を操る手に力が入る。だが、その一瞬の隙を見逃すエリシアではなかった。

「――今よ、みんな！」

エリシアが叫び、ルミナスブレイドを光らせながらセレナへ突撃する。剣が輝きを放ち、虚無の闇を切り裂く。

「くっ……！」

セレナは慌てて防御魔法を展開するが、エリシアの光刃がそれを押し返す。その光に呼応するように、仲間たちも次々と動き出した。

倒れていたカイル、リディア、ティオは、必死に地面に手をついて起き上がった。身体中に痛みが走る中、それでも仲間を支えるために再び立ち上がる。

カイルが《曙閃・改》を構えて突撃し、リディアが風精魔法と弓を融合させた《双翔の矢・改》で援護する。ティオは自作の《閃光爆弾・改Ⅱ》を投げ込み、爆発の閃光と煙でセレナの視界を奪いながら仲間の進路を切り開いた。セラフィーナとガレスも立ち上がり、再び剣と魔法を構えた。

カイルが叫ぶ！

「エリシアの攻撃に合わせるんだ！」

全員の動きが一つに重なり、まるで光の奔流のようにセレナへと向かっていく。六冊の魔導書が再び唸りを上げるが、エリシアの光がそれを打ち砕こうとしていた。

「これで終わりじゃない、セレナ！」

セレナはイラッとしたように眉をひそめながらも、次々と放たれるエリシアたちの攻撃に冷静に対応していく。六冊の魔導書が舞い、属性魔法が交錯する中、彼女は的確に防ぎ、反撃を重ねた。

だが――。

エリシアの剣筋が先ほどよりも明らかに変化していた。力強く、鋭く、そして迷いがない。まるで彼女自身が、さきほどまでの戦闘の中でセレナの動きを学習しているかのようだった。

「……この感覚……読み取られている？」

セレナの額に汗が滲む。治癒魔法で回復したはずの肉体以上に、エリシアの攻撃は研ぎ澄まされ、予測しづらくなっていた。

さらにカイルたちの動きも変わっていた。エリシアが攻撃した直後を狙って、それぞれが間髪入れずに次の一撃を加えてくる。その連携が、セレナの対応をさらに難しくしていった。

「くっ……やりにくい……！」

互角の攻防が続く中、光と闇の激突が戦場を照らし、轟音と魔力の奔流が空気を震わせた。

一方その頃――。

レオン対ダグラの戦いは続いていた。相変わらずダグラは防戦一方で、四本の腕で必死にレオンの剣撃を受け止めている。

「チッ……この小僧、剣の扱いは大したことないが……！」

火花を散らしながらダグラは歯を食いしばる。

「この馬鹿力と速さ……！　腕が持っていかれそうだ！」

地面にめり込むように足を踏みしめ、巨体が押し返される。これまで幾多の戦場を渡り歩いてきたダグラですら、心の底に焦りを覚えるほどだった。

だが――その表情が次第に変わっていく。

「小僧、お前がそれを望むなら――本物を見せよう」

ダグラの口元に、不気味な笑みが浮かんだ。その瞬間、ダグラの全身から獣のような魔力が噴き上がり、四本の腕に握られた武器が禍々しい光を放つ。

「獣王輪廻斬ビースト・カルマ――！」

大地が震え、空気が爆ぜた。四つの武器が同時に唸りを上げ、死の連撃がレオンを包み込む。雷鳴のような音と共に、無数の斬撃が嵐のように襲いかかる。

「くっ……！」

レオンは必死に剣を構え、防御に徹する。しかし、その一撃一撃は重く、速く、まるで巨大な獣が襲いかかるかのような圧力だった。

「どうした小僧！　さっきまでの勢いはどうした！」

次第に押され、レオンの体に斬撃が走る。肩、胸、脇腹――次々と浅くない傷が刻まれていく。血飛沫が舞い、彼の足元を赤く染めた。

「ぐっ……うああっ！」

最後の一撃でレオンの体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。砂煙が上がり、剣が手から離れて地面に突き刺さった。

「ハハハハハ！　これが俺の本気だ！　この程度で俺に挑むとは――笑わせる！」

勝ち誇ったダグラの咆哮が戦場全体に響き渡る。