ループ前、俺の嫁は勇者だった

第23話 立ち上がる意志

　レオンは地面に伏したまま、ピクリとも動かない。全身を襲う激痛と、指先すら重く感じるほどの疲労が、彼の身体を支配していた。

　ダグラはそんな彼を一瞥すると、鼻で笑い、今度はゆっくりとエリシアの方へと視線を向けた。

「……これで終わりか？　こんなザマで、どうやって俺を倒そうとした？」

　その声には、勝者の余裕と、相手を嘲る冷たさが滲んでいる。

　だが、エリシアはその挑発に一歩も退かず、剣を握る手をさらに強くした。彼女の表情は真剣そのものだった。

「本当にそれで、倒せたって言えるの？」

「……何？」

　ダグラの眉がわずかに動く。意味がわからないとでも言うような表情で、エリシアを見返す。

　その瞬間、地面から微かな音が響いた。

　――ギシ、と。

　倒れていたはずのレオンが、ゆっくりと上体を起こしたのだ。全身に無数の切り傷が走り、血が流れ落ちている。それでも彼の瞳は、鋭くダグラを捉えていた。

「……まだ、終わってない」

　低く、しかし確かな声だった。

　レオンは深く息を吸い込み、全身に力を込める。次の瞬間、驚くべきことが起こった。彼の体から流れていた血が、まるで意志を持つかのように止まり始めたのだ。筋肉が緊張し、細胞の隅々までが「生きろ」と叫んでいるかのようだった。

　その姿に、ダグラは目を細め、そして――口角をわずかに吊り上げる。

「なるほど……面白いじゃないか」

　レオンは地面に突き刺さったままの剣に視線を向け、ふらつく足取りで歩み寄った。血に濡れた手で柄を握り、力を込めてそれを引き抜く。そして、静かに構えを取った。

　その気迫は、先ほどとはまるで別人のようだった。彼の瞳には、確固たる覚悟と揺るがぬ意志が宿っている。

　次の瞬間、レオンの姿がかすんだ。――速い。先ほどまでの動きとは比べものにならないほど、彼は一気に間合いを詰めたのだ。

「なっ――！」

　ダグラが反応する間もなく、鋭い斬撃が閃いた。その一撃は避けきれず、ダグラの額を深々と切り裂く。

　血が噴き出し、地面に赤い飛沫が散った。

「ぐっ……！」

　ダグラは一歩、二歩と後ずさる。額から流れる血が視界を曇らせた。

　――何百年もの間、誰にも傷一つ負わされたことはなかった。その肉体を斬ったのは、人間など初めてだ。

　その事実が、彼の内側を激しく揺さぶった。

「……馬鹿な……人間ごときが……！」

　ダグラの声には、初めて「動揺」という色が混じっていた。

　しかし、次の瞬間、その瞳には怒りが宿る。獣のような咆哮を上げ、ダグラは反撃に転じた。

　巨剣が風を裂き、レオンの頭上へと振り下ろされる。レオンは紙一重でそれをかわし、逆に斬り込む。火花が散り、金属音が連続して響き渡る。二人の剣は激しくぶつかり合い、互いの力と技が衝突していく。

　斬撃、受け流し、踏み込み、跳躍――一瞬の油断が命取りになる死闘。ダグラの攻撃は圧倒的な重量と破壊力を持ち、レオンはその一撃一撃を寸前で捌きながら、反撃の機会をうかがった。

　一方その頃、エリシアは戦場の片隅で仲間たちに視線を向ける。セレナが不安そうに立ち尽くしていた。

「皆さん……！」

　エリシアは深く息を吸い込み、声を張り上げた。

「私をサポートしてください！」

　その声は仲間たちの胸に火を灯す。戦いは、レオンだけのものではない――彼ら全員の力で、この強大な敵に立ち向かうのだ。