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第二話 政略結婚
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ハトウ王国の現国王が、王太子であるミト・ヤタマルとウメノ・フォレスティア辺境伯令嬢の婚約を決めたのは、一年前のことであった。
王城の謁見の間に集ったミト王子とウメノは、現ハトウ国王の御前にて、婚約の顔合わせをしていた。
「ハトウ国王の名において、ミト・ヤタマル、およびフォレスティア辺境伯令嬢ウメノの婚約をここに宣言する。ウメノ嬢、不肖の息子をよろしく頼む」
「もったいなきお言葉です」
そう言って、ウメノは国王に向かって、次いで王子に向かって、順にカーテシーをした。
婚約者が顔をあげたところを見て、国王は満足げな表情を浮かべた。
一方で、王子は引きつった笑いを浮かべた。
ウメノの目立つアザを、目にしたためだった。
顔にアザがある貴族令嬢との婚約であることは以前から聞かされていた。
美しさを求める昨今の貴族の話であるから、そばかすが多少あることを大げさに言っているのだろうと思っていたが、大げさでも何でもないことが分かったのだ。
ハトウ国王は、ミトの方を向き、口を開いた。
「ミトよ、ウメノ嬢と婚約し、王家の未来に希望をつなぐのだ」
ミト王子は王太子ではあるとはいえ、現国王の命令に逆らうことはできない。
醜い婚約者を持つことで笑いものにされることが想像されたものの、表情を作り直してから、国王に向かって一礼する。
「はっ、仰せのままに」
ウメノは王子のことを不思議そうな顔でしばらく見つめていた。
やがて、得心が行った様子でぼそりとつぶやいた。
「きれいな器をしているわ」
ミト王子は王族の中でも、見た目が美しいことで評判だった。
顔の美しさをほめられることは慣れており、少々変わった表現ではあるが、常日頃言われている賛辞の類いであると解釈した。
「よく言われる。器というのはフォレスティア辺境伯領の方言だろうか」
ウメノはまたしても不思議そうな顔をした。
ミト王子は、見目が良くないだけではなく、つかみどころのない令嬢だと感じて、陰鬱な気分になっていたが、顔に出すことはなかった。
こうして、ミト王子とフォレスティア辺境伯令嬢ウメノの婚約が成立した。
顔合わせを終えて、ウメノがひとりごちたことを知るものは、本人以外にない。
「都会のヒトは器を見ないと聞いていたけれど、森の常識も案外あてにならないものね」
婚約の日以降、ウメノはミト王子のもとにしょっちゅう顔を出すようになった。
朝、昼、晩と、食事をともにする。
「牛肉を使ったシチューですか。初めて食べました」
ウメノは礼儀作法に関しては完璧であったが、田舎から来たとしても知識に偏りがあるようだった。
「シチューも食べたことがないとは、普段は何を食べているんだ?」
「森……、いえ、田舎では、牛を飼っていませんので。コッカトリスなどが多いですね」
コッカトリスは鶏のような見た目であるが、王都に現れれば騎士団が総出で対応するような強力な魔物である。
辺境伯領では鶏のことをコッカトリスと呼ぶのだと、王子は勝手に納得し、それ以上話を続けることはなかった。
話をするとどうしてもウメノの方を見る必要がある。見目のよくない顔を長く見たくはないと思ったのであった。
食事のたびに、一言、二言は言葉をかわすものの、王子とウメノの距離が縮まるようなことはなかった。
ウメノは王都のすべてが珍しいらしく、何かと王子に質問をしていたが、王子はすげなく返していた。
距離が縮まらないのは、見た目にこだわりすぎる王子が歩み寄ろうとしないためであることは明白であった。
ウメノは、公務の合間に顔を見せるようになった。
学園でも可能な限り隣にいるようになった。
見た目の美しさをほめられてきた王子は、醜い令嬢が近くにいるということが許せないのか、ここでも積極的にかかわろうとはしなかった。
王城でも、学園でも、二人がそばにいる時間は徐々に増えていったため、周りの貴族たちはすぐに、あれが噂の醜い令嬢か、王子もかわいそうなものだ、と噂をするようになった。
ミト王子は、婚約自体は政略結婚としてしぶしぶ受け入れてはいたのだが、四六時中王子の後ろをついて回る婚約者にも、醜い婚約者と噂される生活にも、嫌気がさし始めていた。
「婚約者として仲良くしたいというのはわかるが、あまりまとわりつかないでくれないか」
「できる限り側にいることを国王陛下がお望みなのですが、ミト様が望まないのであれば、下がります」
王子が近寄らないようにと伝えてから、しばらくは離れているのだが、少し経つと、言いつけを忘れたかのように、ウメノは王子に付いて回った。
そして、苦言を呈される。
この繰り返しであった。
ウメノが姿を消したあとは、ミト王子は決まって、寒気を感じた。
嫌悪感のある婚約者を意識したことが原因だと、王子は思っていた。
「気色の悪いアザといい、去ったあとに、ぞくり、とする感覚といい、やはり醜女は生理的に受け付けないようだな」
ミト王子は政略結婚であれば、愛は関係ないということは理解しており、最低限の交流は持つことにしていた。
ただ、本当に最低限であり、学園内でも自分から声をかけることはほとんどなかった。
見目の悪い令嬢をあてがわれた王子と言われるのではなく、見た目の良い令嬢を連れて、お似合いだと言われたい、と思っていた。
様子を見かねた国王から、苦言を呈されることもあった。
「ミトよ、ウメノ嬢の見た目を気にしておるようだが、人は見た目だけではない。それに気付けるかどうかで、お前の未来も決まるのだ」
「……申し訳ありません」
それでも一向に王子の態度は変わらなかった。
ウメノは冷たく当たられていることを理解していないのか、王子の冷遇にもかかわらず、近くにい続けた。
婚約者をないがしろにしているということは、貴族の間でも公然の秘密である。
そこに目をつけた権力志向の貴族たちはこぞって、娘をミト王子に近づけた。
ミトは王族の中でも線が細く、儚げな雰囲気のある美形である。
家から言われたというだけではなく、王子の美しさを見て、お近づきになりたいと思う貴族の娘は多かった。
愛のない婚約者との関係に嫌気がさしていた王子と、王子に近づいた中でも特に美人であった、セレネ・ノムル伯爵令嬢が仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。
王城の謁見の間に集ったミト王子とウメノは、現ハトウ国王の御前にて、婚約の顔合わせをしていた。
「ハトウ国王の名において、ミト・ヤタマル、およびフォレスティア辺境伯令嬢ウメノの婚約をここに宣言する。ウメノ嬢、不肖の息子をよろしく頼む」
「もったいなきお言葉です」
そう言って、ウメノは国王に向かって、次いで王子に向かって、順にカーテシーをした。
婚約者が顔をあげたところを見て、国王は満足げな表情を浮かべた。
一方で、王子は引きつった笑いを浮かべた。
ウメノの目立つアザを、目にしたためだった。
顔にアザがある貴族令嬢との婚約であることは以前から聞かされていた。
美しさを求める昨今の貴族の話であるから、そばかすが多少あることを大げさに言っているのだろうと思っていたが、大げさでも何でもないことが分かったのだ。
ハトウ国王は、ミトの方を向き、口を開いた。
「ミトよ、ウメノ嬢と婚約し、王家の未来に希望をつなぐのだ」
ミト王子は王太子ではあるとはいえ、現国王の命令に逆らうことはできない。
醜い婚約者を持つことで笑いものにされることが想像されたものの、表情を作り直してから、国王に向かって一礼する。
「はっ、仰せのままに」
ウメノは王子のことを不思議そうな顔でしばらく見つめていた。
やがて、得心が行った様子でぼそりとつぶやいた。
「きれいな器をしているわ」
ミト王子は王族の中でも、見た目が美しいことで評判だった。
顔の美しさをほめられることは慣れており、少々変わった表現ではあるが、常日頃言われている賛辞の類いであると解釈した。
「よく言われる。器というのはフォレスティア辺境伯領の方言だろうか」
ウメノはまたしても不思議そうな顔をした。
ミト王子は、見目が良くないだけではなく、つかみどころのない令嬢だと感じて、陰鬱な気分になっていたが、顔に出すことはなかった。
こうして、ミト王子とフォレスティア辺境伯令嬢ウメノの婚約が成立した。
顔合わせを終えて、ウメノがひとりごちたことを知るものは、本人以外にない。
「都会のヒトは器を見ないと聞いていたけれど、森の常識も案外あてにならないものね」
婚約の日以降、ウメノはミト王子のもとにしょっちゅう顔を出すようになった。
朝、昼、晩と、食事をともにする。
「牛肉を使ったシチューですか。初めて食べました」
ウメノは礼儀作法に関しては完璧であったが、田舎から来たとしても知識に偏りがあるようだった。
「シチューも食べたことがないとは、普段は何を食べているんだ?」
「森……、いえ、田舎では、牛を飼っていませんので。コッカトリスなどが多いですね」
コッカトリスは鶏のような見た目であるが、王都に現れれば騎士団が総出で対応するような強力な魔物である。
辺境伯領では鶏のことをコッカトリスと呼ぶのだと、王子は勝手に納得し、それ以上話を続けることはなかった。
話をするとどうしてもウメノの方を見る必要がある。見目のよくない顔を長く見たくはないと思ったのであった。
食事のたびに、一言、二言は言葉をかわすものの、王子とウメノの距離が縮まるようなことはなかった。
ウメノは王都のすべてが珍しいらしく、何かと王子に質問をしていたが、王子はすげなく返していた。
距離が縮まらないのは、見た目にこだわりすぎる王子が歩み寄ろうとしないためであることは明白であった。
ウメノは、公務の合間に顔を見せるようになった。
学園でも可能な限り隣にいるようになった。
見た目の美しさをほめられてきた王子は、醜い令嬢が近くにいるということが許せないのか、ここでも積極的にかかわろうとはしなかった。
王城でも、学園でも、二人がそばにいる時間は徐々に増えていったため、周りの貴族たちはすぐに、あれが噂の醜い令嬢か、王子もかわいそうなものだ、と噂をするようになった。
ミト王子は、婚約自体は政略結婚としてしぶしぶ受け入れてはいたのだが、四六時中王子の後ろをついて回る婚約者にも、醜い婚約者と噂される生活にも、嫌気がさし始めていた。
「婚約者として仲良くしたいというのはわかるが、あまりまとわりつかないでくれないか」
「できる限り側にいることを国王陛下がお望みなのですが、ミト様が望まないのであれば、下がります」
王子が近寄らないようにと伝えてから、しばらくは離れているのだが、少し経つと、言いつけを忘れたかのように、ウメノは王子に付いて回った。
そして、苦言を呈される。
この繰り返しであった。
ウメノが姿を消したあとは、ミト王子は決まって、寒気を感じた。
嫌悪感のある婚約者を意識したことが原因だと、王子は思っていた。
「気色の悪いアザといい、去ったあとに、ぞくり、とする感覚といい、やはり醜女は生理的に受け付けないようだな」
ミト王子は政略結婚であれば、愛は関係ないということは理解しており、最低限の交流は持つことにしていた。
ただ、本当に最低限であり、学園内でも自分から声をかけることはほとんどなかった。
見目の悪い令嬢をあてがわれた王子と言われるのではなく、見た目の良い令嬢を連れて、お似合いだと言われたい、と思っていた。
様子を見かねた国王から、苦言を呈されることもあった。
「ミトよ、ウメノ嬢の見た目を気にしておるようだが、人は見た目だけではない。それに気付けるかどうかで、お前の未来も決まるのだ」
「……申し訳ありません」
それでも一向に王子の態度は変わらなかった。
ウメノは冷たく当たられていることを理解していないのか、王子の冷遇にもかかわらず、近くにい続けた。
婚約者をないがしろにしているということは、貴族の間でも公然の秘密である。
そこに目をつけた権力志向の貴族たちはこぞって、娘をミト王子に近づけた。
ミトは王族の中でも線が細く、儚げな雰囲気のある美形である。
家から言われたというだけではなく、王子の美しさを見て、お近づきになりたいと思う貴族の娘は多かった。
愛のない婚約者との関係に嫌気がさしていた王子と、王子に近づいた中でも特に美人であった、セレネ・ノムル伯爵令嬢が仲良くなるのに、そう時間はかからなかった。
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