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第三話 都会の洗礼
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ミト王子とウメノが通う学園は、貴族のみが通うものである。
貴族の結婚は政略結婚が基本ではあるが、学園で知り合って恋愛関係となり、側妃となることもある。
婚約者のいない貴族令嬢たちが、美しく、しかも王太子であるミト王子に好かれたいと思うことは自然なことであっただろう。
ミト王子に見目の悪い婚約者ができたと知り、側妃としてなら、より王子の寵愛を得られるだろうと、貴族令嬢たちは躍起になった。
ウメノ自身が田舎者であると公言してはばからなかったこともあり、令嬢たちは仲良くするふりをして、嫌がらせを行った。
主に王子との仲を悪くさせることが狙いであった。
ウメノは、ダンスの授業では、流行歌を初めて聞いたとして感動していたし、パーティでは踊らないような、情熱的なステップを見せるクラスメイトに目を輝かせてもいた。
「私のいたところは田舎でしたので、初めて見るものばかりです」
「王子の婚約者なのに、何も知らない田舎者で、見目も悪いなんて、本当に恥ずかしいわ」
侯爵家の三女マリアが見下した様子を隠しもせずに、声をかける。
取り巻きたちもクスクスと笑っている。
海千山千の貴族とは異なり、純真さを感じられる反応を見て、舐めきっている態度を隠しもしない。
「ダンスパーティでは、いかに自分をきれいに見せるかも、貴族令嬢として大切なことですのよ。あら、失礼。不美人のあなたには不要な気遣いでしたわ」
取り繕うこともない嫌味に対して、ウメノは特に気分を害した様子を見せることはなかった。
「なるほど。都会の方々というのは努力家なのですね」
貴族のあり方を知って感心しているようで、嫌味を言った側が困惑するほどであった。
令嬢たちがお茶会を開いた時も、ウメノは周囲から嫌がらせを受けることがあった。
「このお茶は、しみやそばかすに効くそうですわ。特に、肌に直接かけるといいそうですのよ」
そう言って、主催の令嬢がウメノに頭から紅茶をかけた。
ウメノの漆黒の髪からは、ぽたぽたと良い香りの水滴が流れ落ちる。
もちろん、紅茶をかけたところで肌の調子が良くなるなどという効能はない。
周りは笑いをこらえながら、さらに囃し立てた。
「紅茶の色でアザが隠れて美しくなったのではなくて?」
「その程度で隠しきれるような醜さではありませんわ」
「それもそうね」
クスクスと悪意を隠さずに笑い出した。
もっとも、ウメノには通じていなかったが。
「肌に効く薬草ですか。地元でも見たことがないものです。興味深いですね」
自身が田舎者であるから、知らないだけなのだろう、という態度を終始変えることはなかった。
婚約者であるミト王子は、ウメノが他の貴族令嬢から嫌がらせを受けていることを把握していた。
王族としては耳に入るのは当然とも言える。
知っていても、女同士の駆け引きを学ぶ意味があることを建前として、手を出すことはなかった。
もちろん、女の世界での戦いに嫌気がさして、自然と婚約が解消されることを狙っている、というのが本音であった。
ミト王子の近くにいることの多いウメノではあるが、魔法や剣術の授業では、男女で別れており、習熟度を考えて座学でも一緒になることは少ない。
昼食を学園でとるときなどは、ミト王子とともにとることにしているが、四六時中一緒というわけではない。
ハトウ国王とウメノが話している機会は多い。
国王との謁見のあとに、ウメノが王子と同じ授業に入れるよう、学園側で配慮することもあった。
ミトは、ウメノが自分の近くにいたいがために、王家に無理を言っているのではないかと思った。
「婚約者とはいえ、学園でも四六時中一緒にいる必要はないのだぞ」
「ハトウ国王がお命じになられているのですが……」
「ふん、父上が何を考えているのかは知らないが、政略結婚なのだから、特段仲良くする必要もなかろう」
王子は、ウメノの積極さに辟易していた。
ある日のことである。
ウメノが王城にこもる必要がある理由をでっちあげ、学園にいない日を作ったミト王子は、自由を満喫していた。
自分を持ち上げる見目の良い令嬢に囲まれて、学園生活を送る。
実に満足げな表情をしていた。
中でもひときわ美しい、セレネ・ノムル伯爵令嬢とは、ウメノの知識の齟齬により迷惑をこうむっているという話で盛り上がった。
セレネの派閥の令嬢とのお茶会の約束をして、以降たびたび会うようになった。
ウメノの愚痴を聞いてもらう程度だったが、次第に互いのことを話すようになった。
趣味の歌劇の話で盛り上がる。
流行歌の歌詞について語り、脚本家の個性について語る。
王都出身でないウメノにはわからない話題であり、好みではないという理由で距離を取っていることに加えて、細かい話は分からないと婚約者に諦めていた話をできる令嬢と巡り合ったことで、王子は浮かれていた。
気を許し、思いを寄せるようになるまでは時間がかからなかった。
セレネが、本当に歌劇を好んでいたことは間違いない。けれど、王子の趣味を調べて、話を合わせられるように事前に準備していたことは言うまでもない。
自分の思い通りに行かなかったところに、不満を解消させつつ、趣味で盛り上がることであっさりと陥落させられる。
王子は、精神的な修養が不足していたと言えるだろう。
ウメノから心が離れた王子は、ますます婚約者をないがしろにした。セレネを側妃に迎えることになるだろうと、噂されるようになっていた。
そのまま、婚約破棄の時を迎える。
貴族の結婚は政略結婚が基本ではあるが、学園で知り合って恋愛関係となり、側妃となることもある。
婚約者のいない貴族令嬢たちが、美しく、しかも王太子であるミト王子に好かれたいと思うことは自然なことであっただろう。
ミト王子に見目の悪い婚約者ができたと知り、側妃としてなら、より王子の寵愛を得られるだろうと、貴族令嬢たちは躍起になった。
ウメノ自身が田舎者であると公言してはばからなかったこともあり、令嬢たちは仲良くするふりをして、嫌がらせを行った。
主に王子との仲を悪くさせることが狙いであった。
ウメノは、ダンスの授業では、流行歌を初めて聞いたとして感動していたし、パーティでは踊らないような、情熱的なステップを見せるクラスメイトに目を輝かせてもいた。
「私のいたところは田舎でしたので、初めて見るものばかりです」
「王子の婚約者なのに、何も知らない田舎者で、見目も悪いなんて、本当に恥ずかしいわ」
侯爵家の三女マリアが見下した様子を隠しもせずに、声をかける。
取り巻きたちもクスクスと笑っている。
海千山千の貴族とは異なり、純真さを感じられる反応を見て、舐めきっている態度を隠しもしない。
「ダンスパーティでは、いかに自分をきれいに見せるかも、貴族令嬢として大切なことですのよ。あら、失礼。不美人のあなたには不要な気遣いでしたわ」
取り繕うこともない嫌味に対して、ウメノは特に気分を害した様子を見せることはなかった。
「なるほど。都会の方々というのは努力家なのですね」
貴族のあり方を知って感心しているようで、嫌味を言った側が困惑するほどであった。
令嬢たちがお茶会を開いた時も、ウメノは周囲から嫌がらせを受けることがあった。
「このお茶は、しみやそばかすに効くそうですわ。特に、肌に直接かけるといいそうですのよ」
そう言って、主催の令嬢がウメノに頭から紅茶をかけた。
ウメノの漆黒の髪からは、ぽたぽたと良い香りの水滴が流れ落ちる。
もちろん、紅茶をかけたところで肌の調子が良くなるなどという効能はない。
周りは笑いをこらえながら、さらに囃し立てた。
「紅茶の色でアザが隠れて美しくなったのではなくて?」
「その程度で隠しきれるような醜さではありませんわ」
「それもそうね」
クスクスと悪意を隠さずに笑い出した。
もっとも、ウメノには通じていなかったが。
「肌に効く薬草ですか。地元でも見たことがないものです。興味深いですね」
自身が田舎者であるから、知らないだけなのだろう、という態度を終始変えることはなかった。
婚約者であるミト王子は、ウメノが他の貴族令嬢から嫌がらせを受けていることを把握していた。
王族としては耳に入るのは当然とも言える。
知っていても、女同士の駆け引きを学ぶ意味があることを建前として、手を出すことはなかった。
もちろん、女の世界での戦いに嫌気がさして、自然と婚約が解消されることを狙っている、というのが本音であった。
ミト王子の近くにいることの多いウメノではあるが、魔法や剣術の授業では、男女で別れており、習熟度を考えて座学でも一緒になることは少ない。
昼食を学園でとるときなどは、ミト王子とともにとることにしているが、四六時中一緒というわけではない。
ハトウ国王とウメノが話している機会は多い。
国王との謁見のあとに、ウメノが王子と同じ授業に入れるよう、学園側で配慮することもあった。
ミトは、ウメノが自分の近くにいたいがために、王家に無理を言っているのではないかと思った。
「婚約者とはいえ、学園でも四六時中一緒にいる必要はないのだぞ」
「ハトウ国王がお命じになられているのですが……」
「ふん、父上が何を考えているのかは知らないが、政略結婚なのだから、特段仲良くする必要もなかろう」
王子は、ウメノの積極さに辟易していた。
ある日のことである。
ウメノが王城にこもる必要がある理由をでっちあげ、学園にいない日を作ったミト王子は、自由を満喫していた。
自分を持ち上げる見目の良い令嬢に囲まれて、学園生活を送る。
実に満足げな表情をしていた。
中でもひときわ美しい、セレネ・ノムル伯爵令嬢とは、ウメノの知識の齟齬により迷惑をこうむっているという話で盛り上がった。
セレネの派閥の令嬢とのお茶会の約束をして、以降たびたび会うようになった。
ウメノの愚痴を聞いてもらう程度だったが、次第に互いのことを話すようになった。
趣味の歌劇の話で盛り上がる。
流行歌の歌詞について語り、脚本家の個性について語る。
王都出身でないウメノにはわからない話題であり、好みではないという理由で距離を取っていることに加えて、細かい話は分からないと婚約者に諦めていた話をできる令嬢と巡り合ったことで、王子は浮かれていた。
気を許し、思いを寄せるようになるまでは時間がかからなかった。
セレネが、本当に歌劇を好んでいたことは間違いない。けれど、王子の趣味を調べて、話を合わせられるように事前に準備していたことは言うまでもない。
自分の思い通りに行かなかったところに、不満を解消させつつ、趣味で盛り上がることであっさりと陥落させられる。
王子は、精神的な修養が不足していたと言えるだろう。
ウメノから心が離れた王子は、ますます婚約者をないがしろにした。セレネを側妃に迎えることになるだろうと、噂されるようになっていた。
そのまま、婚約破棄の時を迎える。
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