醜女だと婚約破棄された令嬢は

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第四話 暗雲、婚約の真実

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「好きな人ができたから婚約は解消をする、今夜のエスコートはしない」


 王子が、婚約破棄を宣言し、代わりに見目麗しい令嬢をエスコートしてパーティに参加すると、まもなくパーティが始まった。
 ウメノ・フォレスティア辺境伯令嬢が去って、機嫌を良くしたミト王子は、セレネ・ノムル伯爵令嬢と飲み物を片手に、談笑していた。

「見目の良くない令嬢とは正式に婚約破棄する予定だ。時機を見てセレネと婚約をし直したい」
「まあ! ありがとうございます!」

 セレネの花のような笑顔をみて、ミト王子は自分が正しいことをしたと確信した。

 パーティ会場には多くの参加者がいる。
 皆、この日のために着飾っており、美しい者ばかりである。

 王子も周囲に負けずに自分の見映えを良くするために、発光の魔法を使い続けて、自分の美しさを演出していた。

 燕尾を着た学園長が開始の挨拶をする。

 発言に耳を傾けていると、王子はふいに悪寒を覚えた。
 立食形式のための広い場所とはいえ、人の多いパーティ会場は熱気がこもっている。
 ぶるり、と震えるほどに寒いと感じるとはおかしいと、王子も違和感を覚えたが、いつもの気のせいだと思うことした。

 空腹のせいかと思い、温かいスープをよそってもらい、少し口に含む。
 じんわりと腹から熱を感じた王子は、パーティに集中できるようになった。

 けれど、傍目には王子の顔色は徐々に悪くなり、ふらつくようになっていったことは明らかだった。
気づいていないのは、王子本人ばかりであった。

 パーティが進み、ダンスを踊るころになると、王子も本格的に不調を自覚するようになった。

 息苦しさを感じる。
 手が震える。足がもつれる。
 目がかすむ。

 セレネも王子の異変に気づいたらしく、心配そうな声をかける。

「ミト様、お顔が真っ青ですわ」
「ああ、悪い。ここは空気が悪いのかもしれない。少し外に出ないか?」

 二人はダンスホールからバルコニーに移動する。
 ダンスホールは人が多いので、息苦しく感じるのかもしれない。人のいないバルコニーで休憩すれば、良くなるかもしれないと考えた。
 星空の下、夜風が気持ちよく感じるような気温であったが、王子の顔色は変わらなかった。

 結局、外に出ても一向に体調が良くならなかった王子は、セレネと踊ることもなく、パーティ会場を後にした。


◇◇◇

 セレネを馬車に乗せて家に帰し、自身も王城に戻ったミト王子は、体調不良になった前後の経緯を執事に説明した。
 話を聞いた執事は、血相を変えて兵士に伝令を頼んだ。

 ミト王子は大げさなことだと、首を傾げた。

 王子はすぐに移動させられた。
 体調の心配もそこそこに、現国王から直接の説明を求められる。
 何かがおかしい。
 そう感じながら、体調不良を押して、パーティ前後の出来事を説明した王子は、その後の国王の説明を聞いて、愕然とすることになった。

「短命に終わることを伝えるのはかわいそうだと、卒業まで伝えずにおいたツケが回ってきたか」

 王は婚約の真実を語った。

「ミトと、ウメノ嬢との婚約は、フォレスティア辺境伯と王族との普通の政略結婚ではない。政略的な意図はほぼ皆無である。
王族の宿命とでもいうべき、持病の解消こそが、婚約を結んだ意図である」

 ハトウ王国の貴族は、基本的には権力、剣の腕で示す武勇、金銭的なメリット、外見的な美しさと言った、家の繁栄をメインに考えて婚姻を押し進めてきた。
 ハトウ王国に限らず、諸外国の貴族も似たようなものであるだろう。
 王族であれば傾向は特に顕著である。
 その甲斐あってか、王族には見目が良く、肉体的には強い子が生まれることが多くなっていた。

「貴族家は、家同士のつながりを生かして、政治的にも万全といえる体制を維持し続けていたが、近年、王族は若くして儚くなることが多くなっていた。
寿命が短いのは権力争いによる心労や、贅沢によるものだと思われていたが、違うのだ」

 原因は、魔力の器の大きさにあった。
 魔力の器というものは、そのまま生命力の強さと比例する。

 ヒト族には大規模な魔法を使えるものはほとんどいないため、魔法の才能や魔力の器の大きさを政治的にも歴史的にも重要視していない。
 学園でも一応、魔法は習うが、魔力の器を計測するという考え方すらないくらいであるから、魔力の器に重きを置かれていないことがわかる。

 自然と、王族と多くの貴族は魔力の器が小さいものが多くなっていた。
 貴族は次代へ行くほど、生命力が弱くなっていったのである。
 なお、肉体が強靭であることと、潜在的な生命力の強さである魔力の器の大きさは関係がない。

 魔力が枯渇すると体調が悪くなる。
 枯渇状態が長時間に及ぶと寿命が縮むとされている。
 とはいえ、魔力が枯渇したときは、周囲から魔力を吸収することでまかなえるため、基本的に魔力不足が理由で命を縮めることは少なかった。
 ただ、近年の王都周辺だけは、ヒト族が増えてきたことで、事情は変わりつつあった。

 ヒト族が増え、周囲の魔力を使う魔道具が普及した。
 王都周辺の魔力は減っていった。
 器の小さいヒトが魔法を使いすぎた場合には、足りない分を周囲から補うということができなくなってきたのだ。
 ハトウ王国の王族が短命になりつつあるのはこれが原因であった。

「子孫が困らないようにする方法は二つだ。
 ひとつは、周囲の魔力を増やすこと。
 もうひとつは、器の大きい人間の血を取り込んで、次代では器自体を大きくすること」

 これらの二つを同時に満たせるのが、長命種と婚姻を結ぶことであった。
 長命種の器は大きく、しかも、そこにいるだけで周囲に魔力を拡散していると言われている。
 フォレスティア辺境伯領に住む、長命種の王女、ウメノが養子として辺境伯令嬢となり、王子との婚姻を結ぶことで、王族の、ひいてはヒトの貴族の繁栄を願ったのだった。

「長命種は幼少時に魔力斑というアザが体にできるのが特徴でな。自身の体になじまなかった強い魔力が、アザから自然と放出されていくという。お前の嫌っていたウメノ嬢の存在があってこそ、お前が魔法を使っても平然としていられたのだ」

 長命種は成人し、しばらくすると、魔力に体が適応しきり、アザが消えるという。
 アザがなくなった長命種は、宝玉のように美しいと言われているため、見目を重視するミト王子も成人まで待っていれば、美しい姿のウメノを見られたのかもしれない。

 普段はヒトが住めないような未開の地、フォレスティア辺境領の先にある、死の森と呼ばれる場所に住んでいる長命種の姿を見たことがあるヒトはほとんどいないのだが。
 長命種は、死の森にすむヒトという意味で、森人と呼ばれていた。
 異国の言葉では、彼らはエルフと呼ばれてもいる。

 子孫に森人の血が混ざれば王族も救われるとしての婚約だったが、今回の騒動により、王族からは森人に新たな婚姻関係を結ぶことが絶望的となった。
 若い森人は多かれ少なかれ魔力斑を持つのだから、魔力斑を蔑むヒトとは相いれないと知ってしまっては、交渉も難しい。

「ヒトでも稀に魔力斑を持つ者がおる。お前についていた平民出身の護衛もそうだったな。あれはおらんのか?」
「……仮面の護衛は、ウメノとともに辺境伯領に向かったのでしょう」
「なるほど。かの者も捨てたと申すか。見目を重視するお前らしい因果と言えるのかもしれん」

 長命種ほどではないにしろ、魔力を拡散する人間をも手放してしまったことを知り、ハトウ国王は、息子の教育を誤ったことを痛感した。

◇◇

 ハトウ国王は、ミト王子とセレネの婚姻をあっさりと許可した。
 ウメノを追放し、次代への希望が潰えたことで、息子の希望に沿った結婚を許容してやろうという親心である。

 ミト王子はセレネとの間に二人の子をもうけた。
 セレネは二人目を産んだ後、産後の肥立ちが悪く、結局、ミト王子より早く天に昇ることとなった。
 次代の王子は、妾腹を含めて数人生まれたものの、宿命は彼らを蝕み、いずれも成人まで持つことなく儚くなった。
 ハトウ王国の王族は次代に命をつなぐことはできず、歴史の彼方に消えていくことになった。

 ミトは、正妻も息子も失い、自らも早くに死ぬこととなり、若さゆえの軽率さを悔いながら、三十前に儚くなったとされている。

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