醜女だと婚約破棄された令嬢は

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第六話 死の森にて

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 魔物を切り捨て切り捨て奥へ進んだウメノとナダルは、奥深くに存在する集落にたどり着いた。

 死の森と呼ばれるだけあり、魔物との戦闘は街の近くとは比べ物にならなかった。
 ナダルは、平民から王族の護衛騎士となった実力を示した。
 何度もあった魔物の襲撃からウメノを一人で守り切ったのだ。

 邪魔な仮面はいつからか外してしまった。
 見目が悪いと文句を言う者も、もういない。

 満足げなナダルの顔を見ながら、ウメノは尋ねた。

「ここまで来てから言うのも変ですが、本当に私についてきて良かったのですか? あなたの実力があれば森の外でもいくらでも仕事があるでしょう」
「私は、ウメノ様をお守りすることに生きがいを感じているのです」
「ヒトから見れば私は醜いのでしょう? 恩義を感じて無理をする必要はありませんよ」

 ナダルはあきれたような表情をした後、気を取り直して、こう告げた。

「貴女は美しいですよ。貴族に見る目がないだけです。恩義を感じているだけではここまで来ません。貴女を好いているからこそ、ついてきたのです」
「好いている……? はじめて言われました。なかなか、うれしいものですね」

 案外箱入りだったウメノは、異性から好きだと言われたことはなかった。もちろん、元婚約者からも言われたことはない。
 まっすぐな好意を向けられて、初めて胸の高鳴りを感じた。


 家々が目につく距離になったころ、普段のすました表情と比べると、少々笑みをうかべて見えた。
 もともとの故郷であり、戦い慣れているウメノには、守られながら家に帰るという経験は貴重なものだったらしい。
 好きだと言われたこともあるだろう。

「森人の集落に着きましたね。こういう言い方が正しいかはわからないけれど、楽しい旅路でした」
「光栄です」

 森の中を切り開いて作ったのか、集落は開けた土地にあった。
 大きな石碑を中心に、放射状に家々が立ち並ぶ様子は、王都では見かけることのない光景である。

「おとぎ話に聞く森人というのは、大木を祀っているものでしたが、真実は異なるのですね。先祖の墓か何かですか」
「あれは、墓などではありません。人の業そのものです」

 ウメノが目をそらしながら答えた意味をナダルが知るのは、その日の夜のことだった。

 森人の長である、ウメノの父に事情を説明し、ナダルともども集落で暮らすことを了承してもらった。


 夜は歓迎のための宴が開かれる。
 ウメノが手ずから作った料理もあり、令嬢としてのウメノしか知らないナダルからは、意外に思えた。
 皆で同じものを食べ、酒を飲み交わす。
 ウメノの帰還を喜び合い、ナダルは酒を交わすことで、これから集落の一員として生きることを認められた。
 食事を共にすれば、仲間とみなす、森人の文化であった。

 宴が終わりに近づき、喧噪が小さくなったころ、長がナダルに声をかけてきた。

「森人がなぜこの地を離れんのか、説明が必要じゃろう」

 ナダルは神妙な顔で頷いた。
 長をナダルに酒を注ぎながら、話を続ける。

「森人は他のヒト族に比べて、魔力の器が大きく、寿命が長かった。森人を食うと永遠の命を得られる、という噂まで出るほどにな。だが、戦闘に長けた森人を食うことは難しい。ヒトが考え出したのは、他の生物に襲わせて、弱らせることじゃった」
「それは、魔物、ということですか」

 うむ、と長は頷いて、自分の酒を飲み干した。
 ナダルに注ぐように手ぶりで示し、話を続ける。

「中心にある石碑は、魔物を生み出しておる。少しずつ魔物を生む魔法陣が組み込まれているのじゃ」

 厄介なことに、故意に破壊すると災厄が訪れる魔法陣まで組み込まれている。
 魔法の得意な者が関わった、つまり、森人に裏切り者がいることは明らかだった。

 動物と違い、生きるためではなく、快楽のためにヒトを襲う存在、それが魔物である。
 対象は森人に限らない。
 稀に自然発生するだけだった魔物が、急に増えだして、全てのヒト種が襲われるようになった。
 ヒトが自らの失策を悟り、あせったとしても手遅れであった。

 強力な魔物に勝てるのは魔法が使える者だけである。
 自分たちの中から魔法を悪用した者を生んだ責任と、戦闘能力のあるヒト種は森人だけであったことから、森人は石碑の魔法陣が効力を失うまで、森でヒトの業と向き合い続けることにした。

 森人の善性に驚きつつも、ナダルは森人が外にほとんど出てこない理由を知り納得した。

 おとぎ話では知りえなかった人の業を知り飲む酒は、苦く感じた。

 しばらく無言で酒を酌み交わす。
 ふと、疑問がわいた。

「今になって、森人が王家に嫁ぐ気になったのはなぜですか」
「彼らの血が絶えることがわかっていたからの。それに、我々の使命も終わりが近い。次世代を担う若者には、広い世界を知ることも良いだろうと思っての。失敗に終わったようだが」

 石碑に組み込まれた魔法陣は、数年で効果が切れるところまで来ていた。
 若い世代の森人は、もはや住む場所にこだわる必要はない。
 広い世界に出てみる価値があるのではないか、と判断した。

 時が経ち、ヒトも変わったはずだ。
 森人の血を必要とする王家で大切に扱われるのであれば、ヒトとも分かり合えると知った若者が外に興味を持つだろうと思ったのであった。

 結果として、見目にこだわるヒトの習性を知ってしまい、森の外に興味を失う者が多くなったことは皮肉なものである。


 ◇◇◇

 あくる日、ウメノはナダルに集落とその周辺を案内することになった。
 集落の施設の把握は、これから生きていく上で大切である。
 また、森で生活するうえでは、周辺の地形を把握しておくことは重要である。戦闘がやりやすくなることは何よりのメリットである。
 魔物を狩って、数を減らすとともに、肉を手に入れるために、地の利を得ることの大切さは、兵士として身に染みている。


 まずは、集落内部の説明である。

「ここが麦畑ね」

 魔物に荒らされないように、集落の一部に柵で囲われた畑で麦を育てている。
 小さいながら、死の森という名称と反する、のどかな風景で、安心感を覚える。

 続いて、大きな平屋に足を進める。
 内部では、水球が浮かんでおり、穂を垂らした麦に似た植物や、トマトなどが生えていた。
 森人のうち戦えない者が、魔法により水球を宙に浮かべて、稲や野菜を育てている施設である。

 王都どころか、ヒトの世界ではおよそ見たことがないものである。
 水球耕栽培とでも呼ぶべきか。

「驚きました。このような農業が存在するとは」

 ウメノは、心底驚いている表情のナダルを見て、満足そうににこりとした。
 それと同時に、ナダルの丁寧さに不満を感じた。

「ナダル。もう護衛という立場ではないのですから、もっと砕けた話し方で良いのですよ?」
「わかりました……。わかった。これでいいか?」
「ええ、私ももう少し気安く話すようにするわ。どうかしら」
「そちらの方がしっくりくる。それに、王城にいたころより、自然な笑顔に見える」
「やっぱり、森の生活の方が性に合っているのかも。ふふっ」


 各種の施設を回った後は、周辺の散策である。
 ここの木を登って弓を射るとか、ここは足場が良くないからできるだけ戦闘を避けるとか、そういった話をしながら、周っていく。
 色気ない話ばかりであるが、生まれ育った場所を紹介できて、ウメノはうれしかった。

 と、そこへ、角兎ホーンラビットが現れた。
 角の生えた兎であり、気性の荒い魔物である。

 ナダルは剣を、ウメノは弓を構えた。

「令嬢と護衛ではなく、森人としてともに戦いましょう」
「俺は種族的に森人ではないが」
「何を言っているの。もう集落の一員よ」

 ナダルが剣を横なぎに低く振るう。
 足を狙った攻撃を見て、角兎が飛び上がって回避する。
 空中で自由に動けないところを狙って、ウメノが魔法で生成された矢を穿ち、角兎をしとめる。

 ウメノの実力を目の当たりにしたナダルは、驚きながらも、息の合った連携が取れたことをうれしく思った。


 ひととおり見るべき個所を回り終えたところで、ウメノはナダルを誘って、発射蜂ショット・ビーの巣にはちみつを取りに行くことにした。
 昨日の宴にて、ナダルがとりわけ蜂蜜酒ミードを好んで飲んでいたように見えたので、甘い菓子を一緒に作ることにしたのだった。

 発射蜂は大型の蜂の魔物で、毒を塗った石を飛ばしてくる厄介な特性を持っている。
 遠距離から仕留める必要があり、巣に近づくためには、見張りの駆除に王都の兵であれば五人以上の弓兵を必要とする。

 白樺の木に下がった大きなハチの巣を、二人は木陰から観察する。

 タイミングを見計らって、ウメノが魔法を放った。

「風の矢よ!」

 ぶん、と風を切って、多数の矢が連続して飛んでいく。
 ウメノの魔法で陰から見張りの蜂を撃ち落としていくと、一瞬、巣を守る蜂がいなくなった。
 その隙にナダルは巣に駆け寄り、一部を切り落として、すぐに退散する。

 発射蜂の働き蜂が戻ってくる前に、二人で村まで競争して駆けていく。
 脅威の多い場所とはいえ、自然の中で生きることが向いているのか、二人とも笑顔であった。


 村に戻った二人は、はちみつクッキーを一緒に作る。
「こうして、小麦粉に卵と……」

 ウメノの説明を聞きながら、ナダルは生地を作った。
 兵士としての仕事以上に苦労している。
 甘いものは好んでいるようだが、自分で作ったことはないため、不器用さを露呈することになった。

 先ほど取ってきた、発射蜂のはちみつも混ぜてある。
 はちみつを味見した限りでは、甘いものを好んでいるナダルの好みにぴったりであり、クッキーも期待できる。

 少し焦げた焼き上がりを二人で笑いながら食べ、ナダルは幸せを感じた。


 こうして、森の日々は穏やかに過ぎていく。
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