26 / 154
その二十六 海戦
しおりを挟む護衛船が巧いこと立ち回り、囮船を守りながらイッカクたちを引き連れ戻ってくる。
その先に待つのは紀美水軍の円陣。
青い狼煙があがる。
これを合図に、各組の頭が乗る大型帆船から一斉に投入されたのは漁網。今回の戦いのために用意した特注の品にて、鉄ビシを編み込んでおり、一度絡めとられたが最後、どこまでもまとわりついて離れない。
先に投入された重石により、漁網が水底へと広がっていく。
船と船の間を繋ぎ、たちまち海の中に茨の幕が構築された。
囮船を追いかけ獲物たちが円陣内部へと入ってきたところで、黄の狼煙があがる。
全船が右回りにゆっくりと動きだす。
緩やかに渦状の軌道を描き、先頭の船が少しずつ内側へと舳先を傾け進み、後続がそれに続く。これにより包囲の輪を狭まり、唯一あった出入り口をも封鎖した。
十二の大型船の周りを小中型の船が並走、包囲をより密にしては、敵勢を一匹たりとも逃がさないようにしている。
かくして檻は完成した。
あとは虜にした獲物を狩るばかり。
そして攻撃開始を告げる赤の狼煙があがる。
◇
飛沫をあげて疾走するのは笹の葉のような形状をした小型船。帆と櫂をこまめに動かすことで、風と波を的確に捉えては海面を軽快に駆ける。
「おーららぁ、おーららぁ、おーららぁ」
銛を片手に独特な雄叫びをあげるのは、舳先にいる者。声により獲物を威嚇誘導しつつも、隙あらば投げ銛を放つ。
銛の石突には組み紐が結ばれており、紐の先には青竹を束ねたものがある。
放たれた銛、返しがついた刃が鮫の身に突き立つなり、するすると紐が引っ張られ、竹の束も海へと没する。しかし中身が空洞となっている竹は沈まない。これが浮きとなり鮫は潜って逃げることができずに、海面近くに留まるしかなくなるという仕掛けである。
左右をがっちり固められ、背後から追いたてられた先。
待ちかまえているのは中型船。
向かってくる獲物を弓や銛の雨がお出迎え。
◇
分断され各個撃破、順当に数を減らされていく鮫たち。
イッカク率いる十一の群れのうち、すでに三匹が討ち取られている。
忠吾らも中型船のひとつに乗り込んでは狩りに参加していたが、勇猛な紀美水軍の海賊たちの活躍により、いまのところ出番はない。
かと油断していたら、唐突に出番が回ってきた。
背に三本もの銛を突き立てられ追い詰められた鮫。死なばもろともと自棄を起こし突進してきたばかりか、三丈はあろうかというその身がおおきく跳ねた。大口を開けて頭から突っ込んでくる。
そんな奴に乱雑に乗船されたら、中型船といえども転覆しかねない。
騒然となる船上において、忠吾の右腕が静かに上がる。
隻腕にて構えられた火筒。一切の迷いのない動作にて、ぴたり。発射口上部にある照星(しょうせい)が狙いを定めたのは、飛んでくる鮫の鼻面。
引き金にかけた指をひくなり、弾き金がカチンと勢いよくおりる。パッと火花が散り、装填されてある火薬入りの紙筒がはじけ、生じた爆発により勢いよく射出される鉄の玉。
狙いあやまたず。
直撃を喰らった鮫が宙にて大きくのけ反る。
火筒を相手に向けたまま忠吾が手元を左へとわずかに振る。その動作にて筒身の手元側、上部にある開閉式の装弾口がパカンと開く。ひょうしに吐き出されたのは火薬残渣。
燃えカスが舞う中、右の中指と薬指の間に挟んでいた火薬入りの紙筒と、握り込んでいた次弾を素早く装填。火筒を右へと振り戻し装弾口を閉じる。
すべては刹那の出来事であった。
禍躬ヤマナギに左腕をくれてやり、隻腕となった忠吾が必要に迫られて編み出した、目にも止まらぬ早業である。
間髪入れずに放たれた次弾。
向かった先はあらわとなっている鮫の白い腹、胸びれの根元部分。そこには心臓がある。
鮫の弱点は鋭敏な感覚が宿る鼻先と心臓。
その二つを続けざまに潰されては、さしもの巨大鮫も息絶えるしかなかった。
伝説の禍躬狩りの男。その神がかった腕前に周囲から歓声があがるも、忠吾は意に介さず。次の戦いへと向けて準備を怠らない。
これで退治された鮫は四。
残りは七。
しかし肝心のイッカクはいまだ健在。
海の戦いはまだ始まったばかり、本番はこれからである。
0
あなたにおすすめの小説
14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート
谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。
“スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。
そして14歳で、まさかの《定年》。
6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。
だけど、定年まで残された時間はわずか8年……!
――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。
だが、そんな幸弘の前に現れたのは、
「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。
これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。
描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
生贄姫の末路 【完結】
松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。
それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。
水の豊かな国には双子のお姫様がいます。
ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。
もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。
王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。
お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
ノースキャンプの見張り台
こいちろう
児童書・童話
時代劇で見かけるような、古めかしい木づくりの橋。それを渡ると、向こう岸にノースキャンプがある。アーミーグリーンの北門と、その傍の監視塔。まるで映画村のセットだ。
進駐軍のキャンプ跡。周りを鉄さびた有刺鉄線に囲まれた、まるで要塞みたいな町だった。進駐軍が去ってからは住宅地になって、たくさんの子どもが暮らしていた。
赤茶色にさび付いた監視塔。その下に広がる広っぱは、子どもたちの最高の遊び場だ。見張っているのか、見守っているのか、鉄塔の、あのてっぺんから、いつも誰かに見られているんじゃないか?ユーイチはいつもそんな風に感じていた。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる