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その四十九 祝い山
しおりを挟む男女が対となってる山ふたつ。
しかし荒れるまかせている男山の忌み山とはちがい、女山の祝い山は麓まで街道が通じており、参道は玉砂利と石畳にて整備され、夜ともなれば等間隔に配置された石灯籠に明かりが灯される。周囲の森や竹林にも人の手が入っており、鬱蒼とした陰は微塵もなし。
中腹には岸壁を削って作られた龍神を祀る拝殿があり、その奥には九十九折りとなった坂と石段があって、これを登りきると頂上にある青眼湖の畔へと至る。
そこには本殿と王族の別邸「竜宮」がある。
祝い山は湖国にとって拝むべき神聖な場所。古くからとても大切にされてきた。
ゆえに守護代官とその旗下が麓の関所に常駐しており、神殿や別邸の管理をしている者らもいて、けっして警護を怠ることはない。
そんな場所に禍躬シャクドウが潜伏している可能性がある。
場所が場所なので、いくら女王より免状を渡されているとはいえ、いきなり踏み込んだらいらぬ騒動を招くやもしれぬ。
そう考えた忠吾らは、まず守護代官に面会を求めて話を通しておくことにした。
禍躬狩りの一行から立ち入り許可を求められた守護代官は、まず「そんなバカな」と呆れて、次におおいに機嫌を損ねる。
もしもそれが本当ならば、自分の目と鼻の先にてアレがのうのうと暮らしていることになる。とんでもないことであり、屈辱であり侮辱でもあった。それを認めることは己の無能をさらすこと。断じて容認することは出来ない。
だから守護代官も当初は「そんなことはありえない!」「たとえ嵐の日でも巡回は欠かさぬ!」「山の上にも下にもつねに誰かしらがいるというのに、目撃証言はおろか襲われた話なんぞはついぞ聞かぬ!」と言っては、彼らの立ち入りを突っぱねようとする。
おもわぬ抵抗を受けて戸惑う一行。
しかし忠吾らにつき従っていた探索方の五名のうちのひとり、一番の年長者の男が、つつつと忍び寄り何ごとかを耳打ちするなり、守護代官はたちまち顔色をかえ一転して許可を出した。
探索方の者がいかような情報にて相手を黙らせたのかはわからない。
だがあの血の気の失せようからして、よほどの弱味を握られていたと思われる。
どうにも気になった弥五郎がいくら訊ねても、探索方の男は「さぁて」と空とぼけるばかりで、わずかにも内容を漏らすことはなかった。
◇
関所を越え、参道を麓まで向かい、そこから中腹にある拝殿を目指すのが通常の経路。
しかしこの地に勤める面々らが、禍躬シャクドウの姿を目撃していないことから、アレがその経路を使ったとはとても考えられない。
そこで一同相談の上で、ここからは実際に禍躬シャクドウの足跡を追い、そのニオイを覚えている山狗のビゼンが先頭となり、道をそれて山を迂回するように探索することを決定する。
やや傾いた地面を歩く。
左手にはでこぼこした山の岩肌が、右手の山裾には濃い森が広がる。
懸命にニオイを追うビゼン。集中するがゆえにともすれば無防備になりがちなその身を守るかのようにして、かたわらに立つのはコハク。
二頭の山狗が対となり道なき道をゆく。
これよりやや距離をおいて忠吾、弥五郎、正孝、探索方ら五名からなる八人組も続く。
常に風下に移動してはビゼンの邪魔をせぬように振る舞うコハク。
その気遣いに、弥五郎が「よく仕込まれているな」と感心しつつ言った。
「しかし先ほどの代官の言葉が気になる。もしかしたら祝い山ではなくて、麓のこの森に潜んでいるのやも」
だが忠吾はこれを言下に否定した。
「探索がてらアレが最初に出没したとされる竹姫の里をはじめとして、いくつか襲われた場所を巡ってみたが……」
竹姫の里の三姉妹の生家は無惨にて、それこそ血の惨劇の現場と呼ぶにふさわしいありさまであった。
しかし二つ目、三つ目と数えるほどに現場がじょじょに様変わりしてゆく。
破壊の痕跡こそはどこも凄まじいものではあったが、顕著であったのが血。
あとになるほど流される血の量がみるみる目減りしており、六つ目ともなればポツポツと垂れている程度にまで減っていたのである。
初めの頃は、明らかに力まかせに獲物をぐちゃぐちゃにしていた。
けれどもある時を境にして、それがふつりと無くなった。
これこそが目覚めた禍躬の身と膂力を持て余し、振り回されていたシャクドウが、学習し、馴れ、ついには内なる破壊衝動を制御することに成功した何よりの証左。
加えて忌み山にて発見した禍躬の蔵。
その奥にて丁寧に積みあげられた頭蓋骨の山。
いかなる意図が込められているのかはわからぬが、制作者の几帳面かつ偏執的な性格がうかがえる造形物。そして忘れてはならないのが、六本指となったことで何かと不自由であった熊手が「物を掴む」という動作を覚えたこと。
自然の理の枠からはずれた異形が、ヒトに似た所作がとれる。
このことをつねに念頭に置いておかなければ、きっと足下をすくわれる。
以上を踏まえた上で忠吾はこう結論づける。
「奴はあえてこの地にて狩りをしていない。そうすることで『ここに自分はいない』と人の目を欺くために。名うての盗賊が地元では決して仕事をしないのと同じこと。だからこそ、奴はきっとこの山にいる」と。
敵は人を襲い喰らうだけでなく、獲物をつぶさに観察し、人という生き物を学んでいる。
伝説の禍躬狩りの男がこれまでに討伐した禍躬の数は十二。そのどれもが強大無比にて、楽に勝てたことなんぞはただの一度もありはしない。
そんな卓越した経験を持つ忠吾をして、「こんな相手ははじめてだ」と言わしめる禍躬シャクドウ。
かつてない激戦となることは必至。
男たちの目つきは、いやがうえにも厳しいものとなっていく。
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