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其の四百三十二 狐侍、ただいま逃亡中。二十二日目 喧嘩祭り
しおりを挟むざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ、ざっ……。
宵闇の彼方から聞こえてきたのは、多勢が大地を踏みしめ進む音である。
立ち昇る土煙にて、通りにはまるで薄靄がかかったかのよう。
その奥からあらわれたのは、揃いの狐面をつけた異様な集団。
これを出迎えるのは札差の千曲屋の周辺に屯していた者ども。みな今宵、ここに千両首があらわれるとの噂に踊らされて集まった輩だ。
けれどもあながち法螺話というわけでもない。
ただし――。
「なっ! ど、どれだ? どいつが千両首なんだ?」
待ち受けていた側はたいそう困惑した。
なにせ全員が同じ狐面をつけているがゆえに顔がわからない。これでは見分けがつかない。
両陣営の距離がみるみる縮まっていく。
さなか、声を張ったのは集団の先頭を歩いていた狐面の二本差しである。
格好こそは牢人者を装っているが、あれら特有の荒みが皆無にて。
観る者が視れば、すぐにそれが偽りの姿であることに気がつくことであろう。
「狙うは悪徳札差の千曲屋、ただひとつ! それ以外には一切手出しまかりならぬ」
号令を発するなり先頭の男が腰の得物を抜き駆け出した。
「「「「「「「「おうっ」」」」」」」」
呼応して後続も走り出す。
どどど、と地響きにて狐面の集団が一丸となって突っ込んできたもので、賞金稼ぎどもと衝突し諍いが勃発する。一帯はたちまち怒号と喧騒に包まれた。
◇
ついに喧嘩祭りが始まった。
手当たり次第にて、敵味方が入り乱れての大乱闘だ。
その先陣を切ったのは藤士郎……ではなくて、左馬之助である。
では、その頃、藤士郎はどこにいたのかといえば、銅鑼を連れて最寄りの建屋の屋根の上であった。
地上の騒ぎを横目にしつつ。
「おうおう、始まったな。奉行所の連中が出張ってくるまで、半刻といったところか。その前にけりをつけておかねえとな」
銅鑼の言葉に、藤士郎はうなづく。
けりをつける相手は、千曲屋文左衛門と義手の女・月遙、これらを裏から操っているであろう謎の美小姓の三人。猫又らの調べにより、都合よく三人がいま千曲屋にて雁首を揃えていることはわかっている。
どうやら銅鑼は美小姓の正体を知っているようだが、「ちと因縁のある相手でな。奴はおれが押さえるから、藤士郎は月遙の方を頼む」とだけ。
銅鑼が率先して動く。横着なでっぷり猫にしては珍しいことだ。貴祢太夫も美小姓のことを気にしており、それだけ危険な相手だということなのであろう。
なお千曲屋文左衛門に関しては、見かけたらついでに一発ぶん殴る程度でかまわない。放っておいても左馬之助や桑名以蔵が、きちんと落とし前をつけさせるだろうから。
藤士郎が眼下に目をやれば、左馬之助らが快進撃を続けていた。
ばったばったと立ち塞がる有象無象を薙ぎ倒し、敵陣の本丸である千曲屋へと目がけて突き進む。
その背をさりげなく守っていたのは桑名以蔵であった。
攻を左馬之助が、守を桑名以蔵が担うことで、ふたりは表裏一体となり、他者を寄せつけない。
そんな左馬之助らの活躍に、後続の連中もおおいに刺激を受けて発奮する。
もとより腕っぷし自慢の、血気盛んで喧嘩慣れした猛者ばかり。「負けちゃいられねえ!」とばかりに片肌を脱いでは存分に暴れる。
対して賞金という泡銭目当てに集まった連中に統率はない。互いを牽制し隙あらばと、とんびに油揚げを狙っているような輩ばかり。
比べて狐面組には「打倒! 千曲屋」という明確な目的がある。
同じ即席の集団でも、意志のあるとなしでは雲泥の差がある。
ゆえに両陣営が拮抗していられたのは、ほんのわずかな間のみ。
すぐに守勢側の前衛が突破されて、左馬之助たちが雪崩れ込んでは存分に蹴散らし、これを食い散らかす。
狐面組は怒涛となりて押しに押しまくる。
その暴れっぷりを横目に、藤士郎と銅鑼も動き出した。
屋根の上を駆け、真っ直ぐに千曲屋を目指す。
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