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淡き春の夢⑤
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それからすぐ夏季休暇に入って、僕は学園に行ってない。
殿下とのお茶会も体調がすぐれなくて、お断りしてしまった。
なんとなく会うのが怖い。
そんなある日。
父さまが王宮に出かけることになった。
この前のお茶会に行けなかったことを気にしてか、父さまは僕に声をかけてくださった。
父が王宮で仕事をしている間、僕が殿下とお会いできるか確認してくださると言う。
僕はマルクと中庭で待たせていただくことになり、歩いていた。
「…アンディさ、ま……」
生垣の向こうに寄り添う二人と、その話し声が聞こえた。
…あれは殿下とジュリアン様だ。
「…ジュリ、お前だけだよ」
……二人は抱き合っていた。
生垣があるから僕の姿は見えない。
殿下はとても愛おしそうにジュリアン様を見ている。
「アンディ様、僕も愛しています」
二人が唇を重ねる。
僕は膝の力が抜けて、その場に蹲る。
マルクが呼ぶ声が遠くで聞こえる。
僕はそのまま意識を失ったようだった。
気づいたときは僕の自室で、ベッドに横になっていた。
胸の奥が冷たくて、息をするたび痛かった。
殿下とジュリアンの笑顔が、瞼の裏から離れなかった。
「……馬鹿だな、僕」
声に出した瞬間、喉が詰まって息が止まった。
殿下は優しかった。
いつも僕に笑いかけてくれた。
でも、それは“僕だから”じゃなかった。
殿下は誰にでも同じ微笑みを向けられる人だからこそ、僕は、勝手に夢を見てしまったんだ。
殿下の微笑みを思い浮かべた瞬間、涙が一粒こぼれた。
もう一粒、また一粒。
堰を切ったように、止まらなくなった。
この涙は、殿下の思いが僕に向いていなかったからなのか、
殿下の微笑みに勘違いした自分の愚かさのためなのか――わからない。
どれだけ泣いたのか、覚えていない。
気がつくと、夜明けの光が、窓辺のカーテンを透かしていた。
たいして眠っていないはずなのに、時間の感覚が曖昧だった。
目の下が熱を持ち、まぶたが重い。
傍らにはマルクが床に座り、ベッドに寄り添っていて寝ていた。
夜中に来てくれたんだ……。
目覚めた時に寂しくないように。
幼い頃からマルクの優しさはいつもありがたかった。
僕がマルクを見ていたら、目を覚ました。
「…エリアス様、お目覚めですか。お水を持って参ります」
マルクはそう言って、部屋から出ていった。
「エリアス。……入ってもいいか」
いつもより、少し低く、硬い響きの父さまの声だった。
はい、と僕が返事を扉が開いた。
朝日が背後から差し込み、父の姿を淡く縁取った。
その背に重なる影は、どこか寂しげに見えた。
「おお、エリアス、大丈夫かい」
父さまが僕に駆け寄ってくる。
僕は起き上がり、父さまは僕の隣に腰をかけた。
「…はい。大丈夫で、す…。…
……父さま、殿下が…殿下が…」
僕は父さまに話しながら涙を流していた。
父さまは僕の涙を拭って、大丈夫、大丈夫と言いながら抱きしめてくれた。
「…あの子は殿下の想い人のようだ。身分差があるからと、公にはなってないようだが…」
父さまの言葉にまた涙が次から次へと流れていく。
婚約者候補になったが、僕は形だけの婚約者だったんだ…
殿下は僕のことは好きにならない…
殿下とジュリアン様にはもう僕の入る余地はない…
ジュリアン様に自分が敵うわけない。
それに、僕は殿下を困らせたくない。
「…父さま、僕は婚約者を辞退したいです」
僕が顔を上げて父さまに言うと、
父さまは一言「わかった」と、また僕を強く抱きしめた。
僕はまた止めどなく涙が溢れてきて、嗚咽も漏れて、わんわん泣いた。
父さまは僕をずっと抱きしめてくれていた。
殿下とのお茶会も体調がすぐれなくて、お断りしてしまった。
なんとなく会うのが怖い。
そんなある日。
父さまが王宮に出かけることになった。
この前のお茶会に行けなかったことを気にしてか、父さまは僕に声をかけてくださった。
父が王宮で仕事をしている間、僕が殿下とお会いできるか確認してくださると言う。
僕はマルクと中庭で待たせていただくことになり、歩いていた。
「…アンディさ、ま……」
生垣の向こうに寄り添う二人と、その話し声が聞こえた。
…あれは殿下とジュリアン様だ。
「…ジュリ、お前だけだよ」
……二人は抱き合っていた。
生垣があるから僕の姿は見えない。
殿下はとても愛おしそうにジュリアン様を見ている。
「アンディ様、僕も愛しています」
二人が唇を重ねる。
僕は膝の力が抜けて、その場に蹲る。
マルクが呼ぶ声が遠くで聞こえる。
僕はそのまま意識を失ったようだった。
気づいたときは僕の自室で、ベッドに横になっていた。
胸の奥が冷たくて、息をするたび痛かった。
殿下とジュリアンの笑顔が、瞼の裏から離れなかった。
「……馬鹿だな、僕」
声に出した瞬間、喉が詰まって息が止まった。
殿下は優しかった。
いつも僕に笑いかけてくれた。
でも、それは“僕だから”じゃなかった。
殿下は誰にでも同じ微笑みを向けられる人だからこそ、僕は、勝手に夢を見てしまったんだ。
殿下の微笑みを思い浮かべた瞬間、涙が一粒こぼれた。
もう一粒、また一粒。
堰を切ったように、止まらなくなった。
この涙は、殿下の思いが僕に向いていなかったからなのか、
殿下の微笑みに勘違いした自分の愚かさのためなのか――わからない。
どれだけ泣いたのか、覚えていない。
気がつくと、夜明けの光が、窓辺のカーテンを透かしていた。
たいして眠っていないはずなのに、時間の感覚が曖昧だった。
目の下が熱を持ち、まぶたが重い。
傍らにはマルクが床に座り、ベッドに寄り添っていて寝ていた。
夜中に来てくれたんだ……。
目覚めた時に寂しくないように。
幼い頃からマルクの優しさはいつもありがたかった。
僕がマルクを見ていたら、目を覚ました。
「…エリアス様、お目覚めですか。お水を持って参ります」
マルクはそう言って、部屋から出ていった。
「エリアス。……入ってもいいか」
いつもより、少し低く、硬い響きの父さまの声だった。
はい、と僕が返事を扉が開いた。
朝日が背後から差し込み、父の姿を淡く縁取った。
その背に重なる影は、どこか寂しげに見えた。
「おお、エリアス、大丈夫かい」
父さまが僕に駆け寄ってくる。
僕は起き上がり、父さまは僕の隣に腰をかけた。
「…はい。大丈夫で、す…。…
……父さま、殿下が…殿下が…」
僕は父さまに話しながら涙を流していた。
父さまは僕の涙を拭って、大丈夫、大丈夫と言いながら抱きしめてくれた。
「…あの子は殿下の想い人のようだ。身分差があるからと、公にはなってないようだが…」
父さまの言葉にまた涙が次から次へと流れていく。
婚約者候補になったが、僕は形だけの婚約者だったんだ…
殿下は僕のことは好きにならない…
殿下とジュリアン様にはもう僕の入る余地はない…
ジュリアン様に自分が敵うわけない。
それに、僕は殿下を困らせたくない。
「…父さま、僕は婚約者を辞退したいです」
僕が顔を上げて父さまに言うと、
父さまは一言「わかった」と、また僕を強く抱きしめた。
僕はまた止めどなく涙が溢れてきて、嗚咽も漏れて、わんわん泣いた。
父さまは僕をずっと抱きしめてくれていた。
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