9 / 165
紅炎の王子②
しおりを挟む
放課後。
授業が終わり、帰り支度をしていた時だった。
扉の向こうから、低く通る声がした。
「ルヴァニエールの留学生殿は、こちらの教室におられるか」
教室の空気が一瞬で変わる。
ざわめきが起こり、誰かが小声で「王太子殿下だ」と囁いた。
慌てて立ち上がった僕の前に、彼は現れた。
昼休みに見た青年──いや、マクシミリアン王太子殿下だ。
黒髪が肩のあたりで束ねられ、光を吸い込むように艶やかだ。
琥珀の瞳は深く、あたたかいのに底が見えない。
「ルヴァニエールのアーデント公爵家のエリアス殿だね」
「……は、はい。エリアス・アーデントです」
声が震えた。
喉が乾いて言葉がうまく出ない。
「ようこそドラヴァールへ。留学生としてお迎えできて光栄だ」
そう言って差し出された手。
握手の瞬間、胸の奥に何かが落ちてくる。
初めて触れたその手は、堅固な鎧のようでありながら… まるで僕を優しく包む為に存在しているかのようだった。
「殿下に、お会いできて光栄です」
やっとの思いで言葉を返すと、彼の唇がわずかにほころんだ。
「その言葉を聞けて嬉しい。……噂以上にお美しい方だ」
その一言で、全身が一気に熱くなった。
何も言えずに目を瞬かせていると、殿下は穏やかに言葉を続けた。
「近いうちに、改めて話す機会が欲しい。エリアス、君の国のことも、もっと知りたい」
「は、はい……」
「では、また」
去っていく殿下の背を見送る。
彼が通った後の空気が、少しだけ甘く香った気がした。
その横顔を、カイルが廊下の陰から静かに見送っていた。
僕と殿下の間に、まだ言葉にならない何かが生まれた瞬間だった。
学園寮は高位の貴族専用なのでちゃんと従者のマルクや護衛のレオンの使う部屋もあった。
「エリアス様、お疲れさまです。新しい学園はいかがでしたか」
僕の制服を受け取りながらマルクが訊ねる。
僕のことを家族から託されてるからな。
「…うん。勉強も大丈夫、級友たちとも仲良くやれそう…かな?」
「この国の王太子殿下がいらっしゃったと聞きました」
放課後、マクシミリアン殿下と交わした握手を思い出す。
あたたかい手だった。
彼は学生でありながら騎士団でも活躍していて、『紅炎の王子』という二つ名を持っている。
火と土の魔法が得意らしい。
「うん。とてもお強そうで、優しい雰囲気の方だったよ」
マルクと学園の話をしながらその日は早めに就寝した。
授業が終わり、帰り支度をしていた時だった。
扉の向こうから、低く通る声がした。
「ルヴァニエールの留学生殿は、こちらの教室におられるか」
教室の空気が一瞬で変わる。
ざわめきが起こり、誰かが小声で「王太子殿下だ」と囁いた。
慌てて立ち上がった僕の前に、彼は現れた。
昼休みに見た青年──いや、マクシミリアン王太子殿下だ。
黒髪が肩のあたりで束ねられ、光を吸い込むように艶やかだ。
琥珀の瞳は深く、あたたかいのに底が見えない。
「ルヴァニエールのアーデント公爵家のエリアス殿だね」
「……は、はい。エリアス・アーデントです」
声が震えた。
喉が乾いて言葉がうまく出ない。
「ようこそドラヴァールへ。留学生としてお迎えできて光栄だ」
そう言って差し出された手。
握手の瞬間、胸の奥に何かが落ちてくる。
初めて触れたその手は、堅固な鎧のようでありながら… まるで僕を優しく包む為に存在しているかのようだった。
「殿下に、お会いできて光栄です」
やっとの思いで言葉を返すと、彼の唇がわずかにほころんだ。
「その言葉を聞けて嬉しい。……噂以上にお美しい方だ」
その一言で、全身が一気に熱くなった。
何も言えずに目を瞬かせていると、殿下は穏やかに言葉を続けた。
「近いうちに、改めて話す機会が欲しい。エリアス、君の国のことも、もっと知りたい」
「は、はい……」
「では、また」
去っていく殿下の背を見送る。
彼が通った後の空気が、少しだけ甘く香った気がした。
その横顔を、カイルが廊下の陰から静かに見送っていた。
僕と殿下の間に、まだ言葉にならない何かが生まれた瞬間だった。
学園寮は高位の貴族専用なのでちゃんと従者のマルクや護衛のレオンの使う部屋もあった。
「エリアス様、お疲れさまです。新しい学園はいかがでしたか」
僕の制服を受け取りながらマルクが訊ねる。
僕のことを家族から託されてるからな。
「…うん。勉強も大丈夫、級友たちとも仲良くやれそう…かな?」
「この国の王太子殿下がいらっしゃったと聞きました」
放課後、マクシミリアン殿下と交わした握手を思い出す。
あたたかい手だった。
彼は学生でありながら騎士団でも活躍していて、『紅炎の王子』という二つ名を持っている。
火と土の魔法が得意らしい。
「うん。とてもお強そうで、優しい雰囲気の方だったよ」
マルクと学園の話をしながらその日は早めに就寝した。
415
あなたにおすすめの小説
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
一人、辺境の地に置いていかれたので、迎えが来るまで生き延びたいと思います
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
大きなスタンビートが来るため、領民全てを引き連れ避難する事になった。
しかし、着替えを手伝っていたメイドが別のメイドに駆り出された後、光を避けるためにクローゼットの奥に行き、朝早く起こされ、まだまだ眠かった僕はそのまま寝てしまった。用事を済ませたメイドが部屋に戻ってきた時、目に付く場所に僕が居なかったので先に行ったと思い、開けっ放しだったクローゼットを閉めて、メイドも急いで外へ向かった。
全員が揃ったと思った一行はそのまま領地を後にした。
クローゼットの中に幼い子供が一人、取り残されている事を知らないまま
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
美人なのに醜いと虐げられる転生公爵令息は、婚約破棄と家を捨てて成り上がることを画策しています。
竜鳴躍
BL
ミスティ=エルフィードには前世の記憶がある。
男しかいないこの世界、横暴な王子の婚約者であることには絶望しかない。
家族も屑ばかりで、母親(男)は美しく生まれた息子に嫉妬して、徹底的にその美を隠し、『醜い』子として育てられた。
前世の記憶があるから、本当は自分が誰よりも美しいことは分かっている。
前世の記憶チートで優秀なことも。
だけど、こんな家も婚約者も捨てたいから、僕は知られないように自分を磨く。
愚かで醜い子として婚約破棄されたいから。
嫌われ魔術師の俺は元夫への恋心を消去する
SKYTRICK
BL
旧題:恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
姉の聖女召喚に巻き込まれた無能で不要な弟ですが、ほんものの聖女はどうやら僕らしいです。気付いた時には二人の皇子に完全包囲されていました
彩矢
BL
20年ほど昔に書いたお話しです。いろいろと拙いですが、あたたかく見守っていただければ幸いです。
姉の聖女召喚に巻き込まれたサク。無実の罪を着せられ処刑される寸前第4王子、アルドリック殿下に助け出さる。臣籍降下したアルドリック殿下とともに不毛の辺境の地へと旅立つサク。奇跡をおこし、隣国の第2皇子、セドリック殿下から突然プロポーズされる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる