(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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紅炎の王子③

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翌日。

僕が教室に入るとすでにマクシミリアン殿下がいて、
隣にはアンドリア殿下もいた。 
彼らの周りにはたくさんの生徒が集まっていた。

夏季休暇中にあった殿下たちの魔獣討伐の話を聞きたがっているようで、お二人ともそれに答えておいでだった。

ルヴァニエールでは魔獣はほとんど出てこないので、聞いたことのない名前ばかりだ。

少し僕がキョトンとしていたからか、

「エリアスはどんな魔法が使えるんだ」

マクシミリアン殿下の言葉に魔獣トークに盛り上がっていた級友たちが僕の方を見る。

「僕は回復魔法を少し…」

「それなら救護班だな。エリアスがいるなら思いっきりやれそうだな」

マクシミリアン殿下がそう言うと、級友たちも一緒に笑っていた。
なんだか、一員になれた気がした。


「今日もマクシミリアン殿下とお話ししたよ」

寮に帰って、マルクに報告する。

マルクも嬉しそうに、
「そうなんですね。どんなお話をされたんですか」

「今日は、魔法の話。僕は回復魔法で役にたてそうだって言ってくださったよ」 

マルクは、魔獣討伐の話になると、不安げな表情をした。

「…エリアス様、大丈夫ですか」

「んー、僕は前線には立たないし、後方で救護班だから大丈夫だよ」 

僕自身、魔獣討伐がどんなものかわからない。
ただマクシミリアン殿下がいれば大丈夫な気がしていた。


次の日も殿下たちとは級友たちを含めて、魔獣の話や時にルヴァニエールの話をした。

魔法の演習の授業があった日のこと。

それは各々が得意の攻撃魔法で的を撃つという内容だけれど、
ルヴァニエールでは攻撃魔法なんて一般生徒はやらないから、僕にとっては初めてのこと。

みんなが次々に的を撃つ様子を見て、かなり気遅れしてしまった。

そんな中、歓声が上がって周りを見渡してみると、マクシミリアン殿下が見事な火属性の一撃が的に命中していた。

……すごい。

思わず見惚れてしまった。

僕はどうしようかと思っていたら、講師の先生から

「アーデント君、君は回復術を使えるね。こっちに来なさい」

列から離れた小集団に連れてこられた。

「君は回復術はどのくらい扱えるのかい」

「…少しですが…」

そう言って、僕は目の前にいる足に擦り傷を負った級友に回復魔法をかけた。

柔らかな光がそうっと傷口を癒すように包み込むと、そこは傷はすっかり消えて、きれいになっていた。

先生も周りの生徒たちも言葉も話さずに見入っていた。

「わぁ、全然痛くないや。エリアス様、ありがとうございます」

怪我をしていた級友は驚いて、何度も傷口を触っている。

「素晴らしい、本当に素晴らしいよ、アーデント君」

先生から言われ、僕は嬉しくなる。
僕でも役に立てるんだな、て。

「エリアス、君はすごいな」

いつの間にか、マクシミリアン殿下もいらっしゃっていたようだ。

マクシミリアン殿下は笑顔で僕の魔法を絶賛した。

それと同時に僕はなぜか急に苦しくなってきた。

いつの間にか、クラスのみんなが僕の周りに集まってきている。

『エリアス様がいれば安心』

みんなの思いがなぜか僕に刺さる。

授業で怪我をした生徒に回復魔法をかけただけなのに、周りがあんなに騒ぐとは思わなかった。

僕は息が詰まりそうで、走り出してしまった。

手のひらに残る温もりが、まだ消えない。

あの子の傷を癒やしたとき、確かに光は綺麗に広がった。

けれど、あれは偶然だ。

僕の魔法は誰かを助けるほど強いものじゃない。

そう思ってしまうのは、信じたものが幻だったから。

信じていたものが砂のように溢れ落ちるのが恐ろしかったから。

……誰かに優しくしてもらっても、それを怖くて信じきれない。

そんなふうに歪んでしまった自分が、少し嫌だった。

褒め言葉が矢のように飛んでくるたび、胸の奥が痛くなった。


――僕は、称賛されるほどの人間じゃないのに。
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