(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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色づく思い④

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その夜はなかなか眠れなかった。

僕の服に残った殿下の香りが、ずっと消えなくて。

何度も何度も、心の中で殿下の名前を呼んでしまった。

――マクシミリアン殿下。

こんな想い、叶うわけないのに。
どうしようもなく、好きになってしまった。


窓から差し込む日の光で目が覚めた。
身支度を整えて、外に出た。

朝の森は冷たい霧に包まれていて、
さわやかな冷たい風が吹き抜け、
鳥の鳴き声が遠くで響いている。

足元の落ち葉がしっとりと湿っている。

キャンプファイヤーの跡を見て、昨日のことを思い出す。
消えゆく炎を見ながら、
それぞれの胸に思いとなって燃え続けていく儀式を思い出した。

殿下への思いも僕の胸の中に確かに燃え続いているようだった。

――ああ、もう帰るんだ。
 

食事を済ませて、みんなが片づけを始める中で、僕は名残惜しさを隠せなかった。

「エリアス、こっち、荷物運ぶぞ」

「は、はい!」

ぼうっとしてたらアンドリア殿下の声が聞こえた。

慌ててアンドリア殿下の方へ駆け出す。

相変わらず元気いっぱいで、まるで疲れなんて知らないみたいだった。

「兄上、珍しくよく眠れた顔してるなー。ねぇエリアス、昨日何かいいことでもあった?」

「え、そ、そんな……!」

「ふふ、図星だな」

アンドリア殿下のからかうような笑顔に、耳まで熱くなる。

“いいこと”があったなんて、言えるわけがない。
でも――心のどこかで、そう思ってしまっていた。

殿下にとってのいいことが、僕のことでありますように。


出発の号令がかかる。

馬車がゆっくりと動き出し、木々の間から朝日が差し込んだ。

僕はマクシミリアン殿下と同じ馬車に乗せてもらうことになった。

だけど、昨夜寝れなかったせいか、疲れがたまっていたせいか、すぐに眠気がやってきた。

馬車の揺れが心地よくて、
殿下の隣というだけで胸がいっぱいで――
ぼんやりしたまま、まぶたが落ちていった。

「……寝たか」

微かな声がした。
でも、もう目を開けることができなかった。

殿下の外套が、そっとぼくの肩にかけられる。

温かい。 
まるで、焚き火の続きみたいなぬくもり。

馬車の走っている音はするのに、ぼくの中の時間は止まっていた。

殿下の気配を感じながら、浅い夢の中で思った。

――このまま、ずっとこの時間が続けばいいのに。

夢の中で、焚き火の夜がもう一度よみがえる。
火の粉が舞って、殿下の笑顔が光に滲む。

『君が笑ってくれると、救われる』

あの言葉が、何度も何度も胸の奥に響いてくる。

僕の笑顔で、殿下が救われるなら――
僕は、もっと笑いたい。
もっと、隣にいたい。

「……ありがとう、エリアス」

殿下の小さなつぶやきが、風に紛れて届いた気がした。

眠っているぼくに向けられたその声は、まるで祈りのようにやさしかった。 

僕はきっと、この言葉を忘れない。

この朝を、

この旅を、

そして――殿下のぬくもりを。


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