(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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凍てつく夜に、光は生まれる④

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昼下がりの学園中庭。

僕はベンチの上で開いた本の文字をぼんやりと追っていた。

隣ではアンドリア殿下が眉をひそめながらクラスメイトたちと会話をしている。

「……また王都の郊外で魔獣が出たそうだぞ。
最近、増えてるらしいからな。
兵士の巡回も倍になったらしい」

「そうなんですか?」

僕は顔を上げ、驚いたように問い返した。

「ええ。でも原因が分からないみたい。
王宮でも調査が始まってるって噂よ。
王都常設の騎士団も出払ってるって。
今、ここに攻めてこられてもすぐには戻ってこれないらしい」

「恐ろしい……! 
でもだから、マクシミリアン殿下も、忙しいんじゃないかしら」

その言葉に、僕の指先がわずかに止まった。

「……そう、なんですか」

それ以上は何も言えなかった。

最近は授業でも、廊下でも、マクシミリアン殿下と目が合うことはほとんどない。

視線が交わる前に、どちらかがそっと逸らしてしまうから。

秋風が枝を鳴らした。
その音に混じって、かすかに水音のような響きが聞こえた気がした。

見上げると、光の粒が一つ、空を横切る。

陽の反射かと思ったけど、——違う。

小さな羽根のように揺らめきが僕の肩に触れた瞬間、ふっと消えた。

「……今の、何?」

アンドリア殿下が首をかしげる。

「……風のいたずら、かな」

僕は微笑んで首を振った。

だけど、胸の奥で何かがざわめいている。
見えない何かが、遠くで脈打つような——不穏な気配。 

——どうしてだろう。

空気が、息をひそめている。


夜更け。

なんだか胸のざわつきを感じで、書きかけの課題を閉じた。

寮の窓辺に立って外を見てみる。 

外は静まり返っている。
だけど、風の音がいつもと違う。

——まるで、何かが僕に伝えようとしているみたい。

「……風が、騒がしいなぁ」

呟いた声に応えるように、カーテンがふわりと揺れる。

その瞬間、部屋の空気がかすかに光を帯びた。

光の粒がひとつ、ふたつ、僕の周りを漂う。
淡い青や金のきらめきが、まるで生きているように脈動していた。

(……精霊、なの?)
幼いころ、ルヴァニエールで毎朝祈りを捧げていた日々が脳裏をよぎる。

あのとき感じていた温もりと、同じ。

けれど今は、どこかよくない知らせをしているように見える。

「……どうしたの?」

問いかけても、光は答えない。

ただ、窓の外を指すようにひとすじの軌跡を描き、
——そして、ぱっと散った。

胸の奥に、鈍い痛みが走る。

何かが、迫っている。
けれど、何かは分からない。

「……気のせい、だよね」

僕はそう呟いて、窓の外を見た。

風の音はいつまでも耳の奥に残る。

ざわざわと、木々が鳴く。
耳の奥で、低いうなり声が響いた。

——風が怯えている。

その意味が僕にはわからなかった。


僕はその夜、結局ほとんど眠れなかった。

瞼を閉じても、耳の奥で風の声が囁いている。

光の粒たちはもう消えたのに、胸の奥がまだざわざわして落ち着かない。

(どうして……こんなに胸が痛むんだろう)

マクシミリアンの顔が浮かぶたび、
精霊たちのざわめきが強まる気がした。
まるで、僕の心のように。

——風が窓を叩く。

僕は毛布を握りしめたまま、夜が明けるのをただ待った。
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