(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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春告げの宴⑨

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朝の光が、学園の塔の尖端を淡く染めていた。

遠くで鐘が鳴り、春の空気が窓から流れ込む。

制服の襟を整えながら、僕は深く息をつく。

今日で、この学園ともお別れだ。 

思えば、この場所でたくさんのことがあった。
友と出会い、戦い、笑い、泣いた。
そして――マクシミリアン殿下に出会った。

あの日々がなければ、今の自分はいない。

講堂では、卒業生たちの胸に陽光が差し込み、
誇らしげな顔が並んでいる。

校長の祝辞も、拍手の音も、どこか遠くに感じる。

長い学園生活の間、僕たちはお互いの心を少しずつ確かめてきた。 

そして今、みんなに祝福される形で卒業を迎えられることが、胸にじんわりと染み渡る。

ふと周囲を見渡すと、学生たちの視線が僕たちに向いていた。

「あれ……やっぱり二人でいる」

「やっと素直になったんだな」

小さく笑みがこぼれる。

「ぼんやりしてる場合じゃないよ、王太子妃殿下?」

からかう声に、思わず肩をすくめる。

周りの生徒たちの視線と笑いが集まり、
僕は顔を真っ赤にして「やめてよ」と小声で返した。 

式のあと、中庭で友人たちに囲まれた。
花束を渡され、言葉をかけられるたび、
胸の奥がくすぐったくて、少し切なかった。

殿下の婚約者としての視線を受けるのは、まだ慣れないみたい。 

けれど――

「ありがとう」と笑って返せる自分が、ちょっと誇らしかった。

午後、寮の部屋に戻ると、
カーテンの隙間から春の光がやわらかく差し込んでいた。

机の上の本をまとめ、衣服をたたみながら、
マルクとレオンが手際よく箱に詰めていく。

「ここ、よく散らかってたよね」

「誰のせいだと思ってるんですか?」

「どっちもだろう」

そんな他愛もないやり取りに、三人の笑い声が何度も重なった。 

部屋の隅には、冬の日の思い出が残っている。

マクシミリアン殿下への思いに悩んでいたあの夜。

聞こえた精霊たちのざわめき。 

そして、あの瞬間に芽生えた決意。

レオンが最後の箱を閉じる音が、ひとつの区切りのように響いた。

「これで全部だな」 

「そうだね」

窓の外を見やると、
白い花びらがひとひら、風に乗って舞い込んだ。

その光の中に、小さな精霊がいる気がした。

――大丈夫。
どんな場所にいても、ちゃんと見てるよ。

そう囁かれた気がして、僕はそっと目を閉じた。

「行こうか」

マルクの声に頷いて、
最後にもう一度、部屋を見渡す。 

短くて、長い時間だった。

この扉の向こうには、新しい日々が待っている。

殿下の隣で歩む未来が、そこにある。

精霊たちの光がやわらかく肩を照らした。

――今日という日が、終わらないでほしい。

そう思えるほどに、穏やかで、愛おしい一日だった。
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