(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている

北への進軍③

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二回目の作戦会議は、マクシミリアン殿下が出陣する三日前に行われた。

王城の会議室には、すでに地図の一部が巻き取られていた。
最終確認――その言葉にふさわしい、張りつめた空気が満ちている。
会議卓の上には、ヴァルデシアの森までの行軍路と、各部隊の行動予定が刻まれた板が並べられていた。

「先行部隊は予定通り明朝、夜明けとともに出立します」
軍参謀の声が響く。
「主力討伐部隊は三日後、王太子殿下の指揮のもと出陣。王太子妃殿下の護衛部隊は、五日後に後方支援として出発される」

「森へ向かう途中で、王太子妃殿下が王太子殿下と合流できるのはおそらく十日目付近になります」
老魔導師が補足する。
「その間、殿下は先行部隊を追い、周辺の魔獣を掃討されるとのこと」

マクシミリアン殿下は地図に目を落とし、低く息をついた。
「……森の手前で、いくつかの集落が被害を受けている報告もある。そこを経由して進む。
救護部隊は遅れて到着することになるが、民の避難を優先させよ。」

「はっ」

視線が自然と僕のほうに向く。
僕は会議の端で静かに地図を見つめていたが、名前を呼ばれて立ち上がった。

「王太子妃殿下」
国王陛下が口を開く。
「そなたの加護の儀は、遠征前夜に行うと聞いている」

「はい。王都を出るすべての兵に、守護の加護を施します
王太子殿下の部隊には、特に瘴気を防ぐ結界を重ねます」

「わかった」
国王陛下は頷く。
「遠征の行方は、神々の御心に委ねねばならぬが……そなたの力が、王国を支える」

「恐れ入ります」

僕は深く頭を下げた。
長い外套の裾が床に触れ、柔らかく揺れる。
マクシミリアン殿下が僕のほうをじっと見ていた。

会議が終わり、重臣たちは次々に退出していった。
そして老魔導師が静かに礼をして退室すると、部屋には僕たち二人だけが残った。

「……五日後に出るのだな」
マクシミリアン殿下の声は低く、わずかに掠れていた。

「はい。先行部隊の進路が確定してからのほうが安全ですし、加護を維持したまま動くには、時間の猶予が必要です」

「そうだな。――だが、心配だ。」

「殿下が、ですか?」

「当然だろう」
マクシミリアン殿下は少しだけ苦笑した。
「私のいない間、君が王都の外を進むなど、本来ならさせたくない」

「それでも行きますよ」
僕は笑顔を作って、
「殿下が守ろうとしている人たちを、僕も守りたいのです。
加護は、殿下の剣と同じように、この国を支える力になりますから」

沈黙。
やがて、マクシミリアン殿下が一歩近づき、そっと手を伸ばした。
殿下の指が、僕の手を覆う。
殿下の温もりを確かに感じる。

「ならば、私の代わりに、神々の加護が君を守るとを信じよう」
「……信じてください。必ず、マクシミリアン殿下のもとへ行きますから」

「ああ、待っている」
短く、それだけを言って。
マクシミリアン殿下は僕の額に唇を落とした。

ほんの一瞬、戦場の冷たさを忘れさせるような温もりが、そこにあった。


先行部隊の出陣前日。
王城の奥、石造りの祈祷堂。
天井高く伸びる柱の間に、青白い光が漂う。
兵たちの鎧が静かに光を反射し、膝をついていた。

祭壇に立つ僕は、深く息を整えた。
掌を胸の前で組み、祈りの言葉を紡ぐと、
柔らかな光がその身体からあふれ出した。

「――我が願いを聞き届けたまえ。
 この国を守る者たちに、光の加護を」

光は波紋のように広がり、兵たち一人ひとりの胸元に淡い印を刻んでゆく。
まるで雪解けの陽のような、温かな光。
兵士たちの表情が、静かな勇気に染まっていった。

兵士たちの列の端にマクシミリアン殿下もいる。
儀式の形式に則り、殿下もまた跪いていたが、
その瞳は、祭壇に立つ僕を見つめているようだった。

光の流れが収まったと感じて、僕はそっと目を開け、視線を上げた。
兵士たちの列に殿下を見つける。
殿下の瞳が、まっすぐに僕を見返す。

ーー殿下、どうぞご無事で……

短い沈黙。
やがて王国の紋章旗が掲げられ、兵士たちは祈祷室を離れて行った。
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