(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている

北への進軍④

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慌ただしい離宮。
僕は荷物を整理しながら、心臓が小さく跳ねた。
馬車での長旅。未知の瘴気。巨大な魔獣……考えれば考えるほど、恐怖は増す。

「――ああっ、こっちの鎧も補助魔法をかけないと!」
マクシミリアン殿下が部屋の中央で大声をあげている。
普段は冷静なのに、僕が同行するとなってから落ち着きがない。
明日、出発なのに。
荷物を一人で勝手に運び出そうとする。

「殿下、落ち着いてください。僕も手伝います」
「いや、手伝わせるわけには……」
殿下は僕の手を取り、ぎゅっと握る。
「君が無事であることが、私にとって一番重要なことなんだ!」
その熱意が余りに強くて、思わず笑いそうになった。

その隙に、レイナ様が通りかかる。
「……殿下、相変わらずですよ。いい歳して騒ぎすぎです」
「わ、私は――」
マクシミリアン殿下が返事を詰まらせる。
「……いや、君を同行させるからだ。責任感の問題だ!」
レイナは軽く鼻で笑った。
「もう、エリアスさまをまるで子ども扱いですね。もう大人なんですから、少し信じてください」

僕は照れ笑いを浮かべて、荷物を整理する手を止めた。
「レイナ様、僕も頑張ってますよ」
「ええ、存じておりますけど――あの殿下のうろたえ方、本当に面白いですね」
レイナ様は僕の肩を軽く叩き、さらに僕の荷物の整える。

そのとき、マルクがやってきて、僕の小さな衣装や護符を確認してくれる。
「エリアス様、こちらの魔除けも忘れずに」
「ありがとう、マルク」
小さく頭を下げる。マルクの真剣な眼差しを見ると、心がぎゅっと温かくなる。

「……殿下、あの、僕も手伝いましょうか?」
「いや、私がやる! 君には何もさせん!」
マクシミリアン殿下は僕の隣に立ち、僕の手を握ったまま荷物を整理し始める。
「それに、君が馬車の中で安心して休めるようにするのが俺の仕事だ」

「殿下――まったく、騒ぎすぎですよ」
レイナ様は呆れた声を出す。
マクシミリアン殿下が赤くなって照れる。
「私は……騒いでなんかしていない!」
「騒いでます!」
レイナ様が即答。
「ね?」
僕は頷いて、思わず吹き出した。

荷物を部屋から運びながら、僕は小さく息をつく。
マクシミリアン殿下の手はまだ僕の手を握ったまま。
その温かさと、必死に守ろうしてくれてる心に、少し勇気が湧いた。
怖いけど……大丈夫。
二人で、きっと乗り越えられる。

こうして、わちゃわちゃと準備が続く。
遠征の荷造り、戦具の手配、魔法のチェック――
その間もマクシミリアン殿下は落ち着かず、レイナ様は冷静にツッコミを入れ、私は二人に挟まれて笑いながら、緊張を少しずつ和らげていった。


外はすでに深い夜。
回廊は、どこも静まり返っていた。
遠征の準備で慌ただしかった一日が終わり、ようやく僕とマクシミリアン殿下は寝室に戻る。

「……やっと落ち着けたな」
殿下は大きく息をつき、私の髪を撫でた。
「出発が近いんだ、夜くらいは、少しゆっくりしよう」

寝室には、いつもの香がほのかに漂っている。
僕はベッドの端に腰を下ろし、指先でシーツを撫でた。
「……出陣したら、野営ですよね」
「そうだな。森を抜けて北へ進む。城下から離れれば宿もない。夜は焚き火の光だけになる」

マクシミリアン殿下はベッドに腰を下ろし、僕の肩を抱き寄せた。
「初めての遠征だろう? 寒さも、音も、眠れない夜もある。……けど、大丈夫だ」
「……うん」
「私がいる。君のそばを離れない」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「殿下は、何度も遠征に出てるんですよね」
「……ああ。最初の頃は怖かった。敵よりも、夜の音のほうが怖いんだ」
殿下は小さく笑って、僕の髪を撫でる。
「風で枝が折れる音も、獣の足音も、最初は全部不安に聞こえる。でもな、焚き火のそばに仲間がいて、夜が明けると――何てことないと思えるんだ」

僕はその胸に顔を埋めた。
鼓動がゆっくりと響く。
その音が心地よくて、目を閉じる。

「僕、ちゃんとやれるかな」
「やれるさ。……君はもう、私の隣に立ってる」
囁くような声。
そのままマクシミリアン殿下は僕をそっと横に寝かせ、自分の腕を枕代わりにして抱き寄せた。

「出発したら、こうして眠れないからな」
「……じゃあ、殿下が出発するまでいっぱい甘えておきます」
「……ああ。許可する」
唇が額に落ちる。
その優しさに、また胸が詰まった。

「怖いことがあっても、思い出して。私の胸の音を。……君の居場所はここだ」
「マクシミ……」
眠りに落ちる直前、僕はその言葉を心の奥で繰り返す。


――あなたの隣で、戦う。
そう決めた夜だった。
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