(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている

北への進軍⑥

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マクシミリアン殿下は白銀の鎧をまとい、堂々と馬にまたがった。
僕は王太子妃の衣を身にまとい、殿下の姿をまっすぐに見つめていた。

人々の前でマクシミリアン殿下は高らかに声を上げる。
「我らが王国の未来のために――進軍せよ!」

歓声が沸く中、マクシミリアン殿下が馬の手綱を引き、僕の前を通る。
ほんの一瞬、誰にも聞こえぬほどの声で囁いた。
「――愛している」

僕は、唇がかすかに震え、それでも微笑みを保ったまま、静かに答える。
「はい。僕も……愛しております」

次の瞬間、号令が響き渡り、マクシミリアン殿下は馬首を上げた。
旗が翻り、兵たちが一斉に進み出す。

僕は涙をこらえ、王族の威厳を保ったままのその背を見送る。
殿下が振り返ることはない。
だが、風の中に残る声が、確かに聞こえた気がした。

――必ず、戻る。

僕は微笑みを崩さぬまま、その姿が見えなくなるまで見送った。
背筋を伸ばし、僕は涙をこらえる、
……泣かないんだ。
王太子妃として。
けれど、その胸の奥では、静かに殿下の名を呼んでいた。



マクシミリアン殿下が出発して、僕はお祈りの時間をいつもより長めにとるようになった。
殿下が無事に、殿下が活躍を、兵士やこの国のみんなが無事に過ごせるように……。

マクシミリアン殿下が出陣して数日。
王都は落ち着きを取り戻しつつあったが、王宮の空気はどこか沈んでいた。

僕は政務に励みながらも、食も細く、夜はなかなか眠れない。
そんな僕の様子を見かねて、レイナ様が声をかけてくれた。

「ねえ、エリアス様。今夜、少し一緒に食事でもいかがですか? 食堂じゃなくて、庭園の方で。
……アンドリア殿下もお呼びしてあります」

アンドリア王子は
「ああ、レイナがどうしてもって言うからな。
たまには皆で食卓を囲んでもいいだろう?」

「……すみません。お気遣いをさせてしまって」

「違いますよ。殿下がいらっしゃらなくても、エリアス様の笑顔は王都の光なんですから、ね」

僕は小さく笑って、ようやく頷いた。
「では……ご一緒させていただきます」

王宮の中庭を望むテラスで、小さな食卓が囲まれていた。
白いクロスの上には、温かなスープと焼き立てのパン、香草を添えた肉料理。
レイナ様が明るく笑いながらグラスを掲げる。

「殿下のご武運を祈って――そして、エリアス様のご健勝を!」

アンドリア王子は笑顔で、
「ははっ、レイナ、乾杯の言葉がうまくなったな」

「アンドリア殿下に教わったんですよ」

僕もつられて笑い、軽く杯を合わせる。
久しぶりに食卓に笑い声が戻った気がした。

「そういえば兄上、出陣の朝も寝ぐせがついてたな。侍従が慌てて直していたぞ」
「えっ、あの完璧主義の殿下が!?」
「……そういえば、前夜もずっと作戦図を見ておられて……。寝れなかったようでした」
「まるで少年みたいですね」
「昔からそうだよ。何かに夢中になると周りが見えなくなる。俺が話しかけても“待て、今いいところなんだ”ってな」

三人の間に笑いが広がる。
気づけば、話題はずっとマクシミリアン殿下のことばかりだった。

僕はふと、胸の奥に温かなものを感じた。
みんな、マクシミリアン殿下のことを想っている。
きっと今も遠い地で、殿下も同じように――王都の仲間たちを思っているのだろうか……。

「……殿下も、頑張っておられるはずです。僕も負けていられませんね」

「その意気です、エリアス様!」

夜風がやわらかく吹き、燭台の炎が揺れる。
笑い声が絶えないそのひととき、マクシミリアン殿下がいなくても、確かに“殿下の光”はここにあった。


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