(新章開始)当て馬だった公爵令息は、隣国の王太子の腕の中で幸せになる

蒼井梨音

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当て馬にされた公爵令息は、今も隣国の王太子に愛されている

北への進軍12

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静かな王宮の回廊。月光が石畳に細く差し込み、誰もいない夜の静寂を包んでいた。
僕が不安そうに肩をすくめながら立っていると、マクシミリアン殿下が穏やかに微笑みながら僕に寄り添う。

「……マクシミ、出立前で忙しいのに……」
声は震えていた。自分の胸のざわめきを抑えきれなかった。

マクシミリアン殿下は胸元から小さな金のリングを取り出した。
淡い光を放つそれは、殿下の聖印の欠片だった。

「私と思って、これを持っていろ」
言葉はそれだけ。
深い説明も、長い説得もなかった。
ただ殿下の手の中のリングは、確かな温もりと重みを伝えてくる。
僕は小さく息をつき、受け取った。
リングは冷たくも温かく、まるで手のひらで鼓動しているかのようだった。



――そして、今、被害のあった集落で加護をかけた僕。

一見、加護は完璧にかけられているようだが、僅かに光は揺れ、風は逆巻き、力が足りないことを痛感させる。

「……私の力だけでは……まだ足りない……」

そのとき、胸元でリングが淡く光った。
小さな光の輪が加護の光に溶け込み、脈打つように広がる。
まるで、遠くにいるはずのマクシミリアン殿下の力が、自分の力と一緒に流れ込んでくるようだった。

僕は指で胸元のリングを押さえ、思わず息を呑む。
光の温かさとともに、あの夜の言葉がふっと蘇る。

『私と思って、これを持っていろ……』

「……殿下の力が……僕の中に……」
加護の光は安定し、大地に優しく根付く。
不安と恐れは消え、代わりに、進むべき道を示す光だけが残った。

――胸元のリングは、まだ淡く光を帯びている。
遠くにいても、確かに殿下と繋がっていることを、僕は実感していた。

加護の儀式が終わり、村は光に包まれ落ち着きを取り戻していた。
僕は胸元のリングを触れ、まだ淡く光る余韻を感じている。

そのとき、リュシアンが静かに近づき、いつも通り冷静な声で言った。
「……あの光、確かに見えた。……殿下」
僕は小さく息をつき、リングの光を見つめながら答える。
「……ありがとうございます。まだ少し不安ではありますけど……」

リュシアンは淡い視線でしばらく僕を見つめていた。
それから、短く「……うん、悪くない」とだけ言い、少しうなずいた。

その言葉に、ほんのり胸が温かくなるのを感じた。
普段は厳しいリュシアンに認められたこと。
今夜は、いつもより少し穏やかな気持ちで眠れそうだなと、静かに思った。


朝の陽が低く、薄い霧が村を覆っていた。
僕たちが行軍行程を確認していた。
副官やリュシアンも冷静に資料を見つめ、指示を出している。

「本日の行程はこの通り。午前中に東の集落を巡り、午後には南の丘陵を越える」
リュシアンが淡々と報告する。
普段と変わらぬ冷静さに、僕は少し安心感を覚える。

そのとき、駆け足で報告員が到着した。
「王太子妃殿下、先ほどの情報です。
マクシミリアン殿下の主力部隊が、魔獣の襲撃より住民の避難支援に追われております。討伐は後手に回っている状況です」

僕は胸元のリングに手を置く。
微かに光るそれは、遠く離れたマクシミリアン殿下の力と繋がっている証だ。
「……急がなくては……殿下のもとへ」
小さく決意の声を漏らし、目を伏せてリングの光を確かめる。

リュシアンも静かに頷いた。
「わかった。迅速に移動しよう。無理のない範囲で、全力で支援に向かおう」

兵士たちは馬を整え、鞍にまたがる。
僕は馬車の中で胸元のリングを握りしめ、深呼吸をひとつ。
「行こう……」

冷たい空気が、馬の蹄の音でざわめき、霧が巻き上がる。
小隊は整列し、森を抜けて、魔獣襲撃の現場へ向かって進み始めた。

――東の光の先には、マクシミリアン殿下が率いる主力部隊と、避難を待つ住民たちの姿がある。
僕の心は高鳴り、胸元のリングが光るたびに、遠くにいる殿下の力を確かに感じていた。

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